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 半月後――。  出航の日は朝から雲ひとつない晴天に恵まれた。  春節の頃だから気温としてはまだまだ冬日と言えるが、陽射しは暖かだ。(ジォウ)はカジュアルなカシミアのジャケットを羽織っているだけでコートは着ていない。その代わりにクリスマスプレゼントで(ひょう)から贈られたマフラーを首に巻いてくれていた。彼は冬場になるといつもこのマフラーを身につけてくれるのだ。そんな亭主の細やかな心遣いが嬉しくて、公衆の面前ながらついその逞しい腕に抱き付きたくなってしまう(ひょう)だった。  その(ひょう)はといえば真っ白なタートルネックのセーターに軽めのダウンジャケットという、こちらもカジュアルなスタイルだ。(リー)(リゥ)、それに鄧浩(デェン ハァオ)も普段社内ではあまり見慣れないラフな格好だが、皆それぞれに長身の男前なので他の乗船客の目を引いている。お付きの真田(さなだ)は相変わらずにビシッとスーツ姿で決めているが、彼にとってはこの格好が着慣れていて一番楽なのだそうだ。  港に着くと、既に鐘崎(かねさき)らが待合室のソファで寛いでいた。彼らもまた着ていて楽そうなカジュアルスタイルだ。鐘崎(かねさき)(ジォウ)と似たような形のツイードジャケットに薄めの色のサングラスをしていて、それがまたよく似合う。紫月(しづき)(ひょう)と同様、ダウンジャケット姿でソファから立ち上がっては満面の笑顔で手を振って迎えてくれた。  皆、こうして比較的ラフな格好だが、襲名披露パーティーや船内でのディナータイム用にはタキシードにダークスーツといった正装も用意してきている。ゆえに荷物も大層な量なのだ。加えて医療用やら武器の類などの他にも万が一の時の為の変装用具などもあるわけで、ほとんど引っ越しかというような調子だった。  一通り挨拶を交わし合った頃にはいよいよ乗船のアナウンスが開始され、一行は皆晴れ晴れとした期待顔で船へと乗り込んだ。部屋は客室の中でも最上層階に当たる豪勢なスイートルームだそうだ。 「うわぁ……! すっごーい! ほんとにこれが船の中だなんて信じられないよ」 「ほんと、デカッ! ホテル――っつーよか街一個分って感じだべ」  嫁組の(ひょう)紫月(しづき)がキョロキョロと船内を見渡しながら感嘆の声を上げている。部屋に着けばその感動はますます倍増することとなった。 「ひゃあ……豪華なお部屋!」  広い窓からは大海原が一望できる上に調度品などもゴージャス極まりない。庶民感覚の抜けない(ひょう)などは、その豪華さにももちろんだが、いったいいくらの渡航費がかかるのだろうなどと思ってしまうのだった。 「これ……全部楊大人(ヤン ターレン)がご招待してくださったんでしょう? 凄すぎる……」  まるで今にもいくらかかってるんだろうと指折り算え出しそうな顔つきでいる彼に、(ジォウ)はクスっと口元がほころんでしまう。  実のところ招待とはいえ、祝儀もそれに輪をかけて包むわけだ。この豪華客船の旅もそれを見越しての(ヤン)一族の気遣いである。 「ほら、(ひょう)。とにかくこっちへ来てまずは一杯やらんか。台湾までは二泊できるわけだからな」  (ジォウ)は早速に冷蔵庫からシャンパンを取り出して、はしゃぐ嫁を呼び寄せる。 「あ、うん! 紫月(しづき)さんたちは隣のお部屋だよね。せっかくなら皆んなで乾杯したいなぁ」 「そうだな。じゃあちょっくらカネのヤツに電話してみるか」  そんな話をしていると、タイミングよくか当の紫月(しづき)らがやって来た。どうやら彼らも同じことを考えていたようだ。

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