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 船が港を離れ、街の景色が遠くなる頃には大海原を照らす真昼の太陽が燦々と輝いて気持ち良さそうだ。 「どら、それじゃ甲板へでも出てみるか?」 「うん! お天気いいし暖かそう」 「とはいえ海の上だからな。上着は着ていけよ?」 「あ、うん!」  (ジォウ)は再び(ひょう)から贈られたマフラーを手に取っている。そんな亭主のさりげない気遣いにほっこりと胸が温まる思いがする(ひょう)だった。  別室の(リー)清水(しみず)らにも声を掛けて皆で甲板へと出向くことにする。真田(さなだ)源次郎(げんじろう)の二人は相変わらずに部屋で荷解きらしいが、ここは若者だけで探索もいいだろう。 「気持ちいいー! もう陸があんなに遠くなってる!」 「ホントだ!」  (ひょう)紫月(しづき)はここでも子供のようにはしゃいでいる。そんな嫁たちを見守るように(ジォウ)鐘崎(かねさき)は彼らの後をついて歩くのだった。 「老板(ラァオバン)楊大人(ヤン ターレン)から午後のティータイムのご案内をいただいておりますので、もう少ししたらラウンジへ参りましょう」 「そうだったな。楊礼偉(ヤン リィウェイ)の細かい気遣いには恐縮だ」  (ヤン)一族とは紫月(しづき)(ひょう)も彼の結婚式の際に顔を合わせている。紫月(しづき)らがスイーツ好きのことも承知なので、わざわざラウンジの手配までしてくれたということだろう。  ひとしきり甲板からの景色を堪能した後で、一行はラウンジへと向かった。 ◆    ◆    ◆ 「わっは! すっげー!」  英国様式のプレートが幾重にも重なったスイーツのセットを目にした紫月(しづき)が感激の声を上げる。一口大のプティケーキが数種類、小さいながらどれも丹精に作り込まれていて美しい。見た目もさることながら味の方も絶品だ。まずはひとつ目をポンと口に放り込んでは、『うーん!』最高だとうなりながら全身でご満悦を表す紫月(しづき)の横では亭主の鐘崎(かねさき)がコーヒーに舌鼓を打っている。 「鐘崎(かねさき)さん、焔老板(イェン ラァオバン)、ウィスキーやブランデーもございますよ」  (リー)がミニチュアボトルを勧めてくる。 「お! いいな。コーヒーにひと垂らししたら美味そうだ」  (ジォウ)(リー)らは皆でアイリッシュコーヒー風味にするようだ。鐘崎(かねさき)だけはホイップクリームを使わずにブランデーをひと垂らししている。相変わらずに甘い物は苦手な様子だ。(ひょう)紫月(しづき)はもっぱら甘味専門で、ケーキの次にはクッキーを頬張っている。ドリンクは紅茶だ。 「(ひょう)君、このクッキー超美味え!」 「ですね、ですね! 紫月(しづき)さんはやっぱりショコラ味?」 「うん! アーモンドが入っててめっちゃ美味えべ! (ひょう)君はバニラが好き?」 「はい! 俺はほら、バニラクッキーの上に赤いゼリー状の粒が乗ってるコレが一番美味しいです」  バニラに赤い粒といえば(ジォウ)(ひょう)の名前を意味する色でもある。こんな時でも亭主と自分を連想しながら菓子を選ぶ(ひょう)が可愛らしく思えて、紫月(しづき)は思わず笑みを誘われるのだった。 「な、な、(ひょう)君! それって氷川(ひかわ)(ひょう)君って感じだもんな?」 「え? え、ええ、そういえばそうですね。俺と白龍(バイロン)の色ですよね」  突如頬を染めてモジモジとし出す様子がまた可愛い。 (なるほどね。結婚してからかれこれ二年以上経つってのに、(ひょう)君は相変わらず初々しいんだから)  これでは(ジォウ)が泡まみれにしたがる気持ちも分かるというものだ。紫月(しづき)もまた、たまには積極的に鐘崎(かねさき)を喜ばせてやるのも悪くない――などと思い、今夜はゆっくり泡風呂でも堪能しようと想像しながらご満悦の表情を輝かせる。  スイーツを食べ終わる頃にはミニサンドウィッチのプレートが運ばれてきて、皆でひと口ずつ堪能したのだった。

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