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その後、船室に戻り鄧浩 が冰 の手当てをする傍らで、周 と鐘崎 は青年に事情を聞いていた。
「落下物を調べたところ、やはりこの船の構造物で間違いないようだ。今、うちの者が船員を呼んで詳しい経緯を調査しているが――」
現在も源次郎 と李 が甲板に残り、立ち会って、船長らに話を聞いている。ただし、明らかに人の手によって無理矢理剥がされた形跡があり、老朽化などで自然と落下したとは思えないということだった。
「とするなら――だ。あの場にいたキミを故意に狙ったと考えるのが妥当だろう」
周 らは青年に向かって誰かに狙われるような覚えがないかと訊いた。その問いに、青年の方では心当たりがあるわけか、わずかに表情を翳らせる。
「覚えがあるようだな。そもそもなぜキミは一人であんな所に居たんだ」
紫月 と冰 の話では、彼が何やら探し物をしていたように見えたという。だが、それは落とし物などという類のものではなかったようだ。
「実は――父を捜していたのです」
「父? 親父さんか?」
「はい――。私は両親と共に台湾へ向かおうとこの船に乗りました。本当は飛行機でも良かったのですが、少々事情がございまして。それで船に――。ですが昼食をとった直後に急に父の姿が見えなくなりまして」
「姿が見えなくなっただって? 親父さんとの連絡手段はねえのか?」
「携帯電話に何度もかけているのですが繋がりません。電源が落ちているのかと」
「ふむ――。それでお袋さんの方はどうなのだ」
「はい、母には部屋で待ってもらっています。この広い船のことですし、やたらに動き回らない方がいいかと思いまして」
それで彼一人が父親を捜しに出ていたというわけか。
「キミはドクターだそうだな? ということはひょっとしてご両親もか? 台湾へはどういった目的で?」
「……はい、父は医者――というか、化学者と言った方がいいかも知れません。母は医者ではありませんが、父の研究を支えるべく、身の回りのことをいたしておりました」
「研究――とな。すると親父さんはその研究を目的に拐われたという可能性も出てくるか」
いったい何の研究をしていたというのだろう。医師であり化学者、または研究者というなら案外その世界では名の知れた博士ということも考えられる。
「失礼だが、親父さんの名前をうかがってもよろしいか?」
周 が訊くと、青年は素直に答えてよこした。
「これは失礼を――! 名乗るのが遅れまして。父は江南賢治 と申します。私は江南暸三 、医者に成り立ての者です」
江南賢治 ――。同じ医者の鄧浩 にもその名に聞き覚えはないようだ。まあ医者同士といっても世界は広い。知らなくても不思議はないといったところか。
「江南 君か――。仮にだ。もしも親父さんが誰かに拉致されて姿を消したとするなら、彼の行なっていた研究が目的ということも考えられる。先程キミが甲板で狙われたことも合わせて踏まえると、そう悠長にしていていい事態ではないと思えるのだがな」
といって、出会ったばかりで見ず知らずの周 らに詳しい事情を打ち明けられないだろう気持ちも分かるが、彼が命を狙われたのはほぼ明らかだろう。とするなら行方が分からなくなっている父親の方にも命の危険があるということになる。できることなら事情を聞き出したいところだ。
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