80 / 118

11

 暸三(りょうぞう)という青年の方でも(ジォウ)鐘崎(かねさき)らが悪い人間とは思えないわけか、迷いつつも事情を打ち明ける気になったようだ。 「実は――父はとある薬の解毒薬について研究を重ねておりました」 「解毒薬?」 「はい……。なんでも酷く危険な薬物だとかで、その薬自体はとっくに製造が禁止されて久しいそうなのですが、未だに闇のルートでは出回っていたらしいのです。父はそのような危険薬物が存在することに心を痛めておりました」  数年前、偶然にもその薬物の入手が叶ったことで、密かに解毒薬を開発できないかと長年研究を続けてきたそうだ。 「お陰で解毒薬はほぼ完成にまで漕ぎ着けることができて、あとは臨床試験を待つ段階にまできていたのです。ところが解毒薬が出回ると困る人たちがおりまして……。というよりも解毒薬を欲しがっていると言った方がいいのかも知れませんが……。とにかく、父はここ一年の間ずっと世間から隠れながら研究を続けて参ったわけです」  彼らは長いことアメリカで生活していたそうだが、解毒薬の開発に着手してからというもの、常に誰かに付け狙われる気配を感じているし、実際に住処を荒らされたこともあったという。それゆえ、今は家族三人で転々としながら安心して研究に専念できるドイツへ渡ろうとしていた最中だそうだ。 「直にドイツ行きの航空機を使えば追手にバレてしまうと思いまして、まずは日本へやって来ました。そして更に西へ向かうべく台湾を目指してこの船に乗ったのですが……」  豪華客船ならば追手の目を騙せるかも知れないと思ったそうだ。  ということは、この青年の父親というのはやはり医者というよりは化学者といったところなのだろう。それにしても危険薬物とはいったいどのような代物なのか――。(ジォウ)鐘崎(かねさき)の脳裏には嫌な想像が浮かぶ。  彼ら自身も実際に食らったことのある例のデスアライブという薬物――あれも既に生産が禁止されてはいるが、闇のルートには未だに出回っているという危険薬物には違いない。 「実はな、俺たちもそういう類の危険薬物が存在することを身を以て体験しているんだが――親父さんが研究を重ねているという薬について少々詳しく話してはもらえんだろうか」  鐘崎(かねさき)が訊くと、青年は驚いたようにして目を丸めた。 「身を以てって……皆さんはそのような危険薬物にお心当たりがお有りなのですか?」 「ああ。俺とこいつは実際に盛られたことがあってな。キミの親父さんが研究している薬と同じ物だとは限らんが、俺たちが食らったのも生産が禁止されている代物だ。薬の名はデスアライブ、通称DAと呼ばれている」  それを聞いて青年はますます驚き顔で鐘崎(かねさき)を見つめた。 「デスアライブ……あれを盛られたことがお有りなのですか」  まさに父が開発している解毒薬の元となっている薬物です――!  江南暸三(えなん りょうぞう)という青年のそのひと言で、皆の間に緊張が()ぎった。

ともだちにシェアしよう!