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 暸三(りょうぞう)という青年もわけが分からないといったようにポカンとしながら母親を見つめている。 「母さん?」  どうかしたの? と、息子に声を掛けられるも、彼女の視線はじっと鐘崎(かねさき)に釘付けられたままだ。 「リョウちゃ……いえ、そんなわけないわね……」  どうやら鐘崎(かねさき)が彼女の知り合いによく似ているのだろうか。それにしても『リョウちゃん』という呼び方が気に掛かるところだ。  耳で聞いただけではどこの『リョウちゃん』なのかは分からない。どんな字をもって『リョウ』というのかも分からないし、単に偶然名前の読みも、そして見た目も見ている『リョウ』という人物が彼女の知り合いにいるのかも知れないからだ。 「あの――どこかでお目に掛かりましたか?」  鐘崎(かねさき)はとにかくそう訊いたが、彼自身の記憶の中に目の前の女性と会った覚えは無いようだ。この世界に入ってからというもの、鐘崎(かねさき)は依頼や任務の中で出会った相手の顔や特徴を忘れることはなかった。例えばそれが後ろ姿であったにせよ、過去に出会っていれば記憶の端に必ず残っているというほどの徹底ぶりだ。それは親友の(ジォウ)であっても絶賛敬服するほどの記憶力といえる。  そんな鐘崎(かねさき)が覚えていないということは、おそらく初対面のはずである。ところが彼女の方ではなんとも言いようのない――というよりもある種、驚愕といった表情で鐘崎(かねさき)から視線を外せずにいるようだ。  どうにも奇妙な空気に包まれた――。と、その時だった。甲板で落下物の調査に当たっていた源次郎(げんじろう)(リー)が船長らと共に戻って来たのだ。 「(わか)、遅くなりました」 「ああ、(げん)さん。ご苦労だった」  ところが――だ。  その源次郎(げんじろう)暸三(りょうぞう)の母親が互いを認識した瞬間に、再び時が止まるような空気が部屋中を包み込んだ。  双方ひどく驚いたように互いを見つめ――、 「(げん)……次郎(じろう)……さん?」 「――! 佐知子(さちこ)殿……」  これはいったいどういうことだと源次郎(げんじろう)は目を丸くしている。 「(げん)さん――? こちらさんとお知り合いなのか?」  鐘崎(かねさき)に訊かれて、源次郎(げんじろう)はようやくと我に返った。 「(わか)――」 「こちらは先程の青年の母上だ。江南賢治(えなん けんじ)氏という化学者殿のご婦人だが――」 「江南(えなん)……?」 「ああ。(げん)さんたちが甲板で立ち会ってくれている間に、この息子さんからいろいろと事情を聞いてな。ちょいと事が厄介と判断したんで、安全の為、彼の母上にもここへ来ていただいたところなんだ」  鐘崎(かねさき)暸三(りょうぞう)の父親がデスアライブという薬物絡みで拉致されただろう件について、早速源次郎(げんじろう)にも説明しようとしたが、その前に驚くべきことを聞かされる羽目となった。 「(わか)……実は――。この御方は……江南賢治(えなん けんじ)氏のご婦人は、組長の元のお連れ合いだった御方で――」  (わか)の母君であらせられます――。  その言葉に、鐘崎(かねさき)はもちろんのこと、誰もが仰天絶句するほど驚かされてしまったのだった。

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