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「……母親……? この女性が……俺……の?」
さすがの鐘崎 もそれ以上は言葉にならない。周 や冰 、紫月 に至っても同様だった。
気を取り直して源次郎 は続けた。
「佐知子 殿――まさかこんなところでお目に掛かるとは」
「源次郎 ……さん。では……あの、こちらの方は……」
源次郎 と鐘崎 を交互に見やりながら、佐知子 という女性は驚愕の表情でいる。
「そうです。僚一 さんの一人息子で、三十余年前に貴女様がお産みになられたご子息――現在我が鐘崎 組の若頭をお務めになっておられる鐘崎遼二 さんですぞ」
「遼二 ……」
「はい、遼二 さんです」
鐘崎 は父の僚一 とは瓜二つと言われるくらいによく似ている。佐知子 が鐘崎 を見て、別れた当時の僚一 と勘違いしても当然といったわけだったのだ。
「遼二 ……あなたが……」
そうだったの――と、佐知子 はそれ以上言葉にならずに立ちすくんでしまった。
鐘崎 もまた同様だった。
母親の記憶などまったく無いに等しい彼にしてみれば、突然目の前に現れた中年の女性が母だなどと聞かされても、どう反応していいか戸惑うばかりである。佐知子 に至っては夫と我が子を見捨てて別の男性の腕 に走ったことは言い訳のしようのない事実であり、二人に対して後ろめたい気持ちは当然あるだろう。彼女が僚一 の元を去って以来、実に三十年以上の月日が過ぎたが、その間母子が再会することは一度も無かったからだ。
佐知子 は離縁の直後、新しい夫の江南賢治 と共にアメリカへ渡り、現地で暸三 を産んだ。向こうでグリーンカードを取得し、一家が日本に帰国することはなかった。当然、息子の”遼二 ”に会いに行くことも無かったわけである。
まさかこんな形で邂逅するなどとは思ってもみなかっただろうし、驚くのも無理はないといったところだ。
鐘崎 にしてみても、物心ついた時には既に母親という存在すら頭に無かったほどだ。男所帯の組で育ち、母親というのがどういうものかも知らないまま育った彼にとって、特に恋焦がれるものでもなかったし、同級生らの母親を見ても、羨ましく思うことすらなかったと言える。
そんな母子が偶然とはいえこのような形で突如再会したわけだ。どちらにとっても信じ難いことであり、互いにどんな言葉を掛け合っていいのかすら分からなくとも仕方がなかろう。
それ以前に、今は拉致に遭っている可能性が高い江南賢治 の救出についても事を急ぐ必要がある。といって、鐘崎 を産んだ母親との邂逅を見ないふりでいるのも違うだろう。
周 の計らいで、江南賢治 の救出について準備を進めつつも、鐘崎 と佐知子 、それに暸三 と紫月 も交えて四人で話し合える時間を設けてやるべきとなったのだった。
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