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 (ジォウ)らの集うリビングの隅にて、四人はなんとも言いようのない奇妙な空気の中、静かに対峙の時を過ごしていた。傍らでは(ひょう)が気遣うように茶を淹れては四人の前に並べる。 「(ひょう)君、すまねえな。ありがとうな」  静かに礼を言う紫月(しづき)佐知子(さちこ)暸三(りょうぞう)が見つめている。  誰もが何を言っていいかと戸惑う中、最初に口を開いたのは佐知子(さちこ)だった。 「ごめんなさい遼二(りょうじ)……。生まれたばかりのあなたを僚一(りょういち)さんに預けて……私が二人のことを捨てて出て行ったのは事実です。いくら謝っても赦してもらえないということと……恨まれて当然の女だということは分かっています。本当に……ごめんなさい」  うつむいたままで息子の顔を見ることもできずに佐知子(さちこ)は身を震わせていた。  正直なところ、生まれてこの方会った記憶もない、という以前に存在を想像したことすらない母親が突然目の前に現れた現実にどう対応していいか分からないのは鐘崎(かねさき)の方だろう。  それでも彼は精一杯の誠意をもってこの邂逅を受け止めようとしていた。 「――どうぞ頭を上げてください。自分は――確かに母という存在の記憶がありません。ですが、恨みに思っているなどということもありません。親父は何不自由なく自分を育ててくれましたし、この(げん)さんをはじめ、組の皆んなと――それに友や仲間たちに世話になりながら今の自分は生かされています。有り難いことと、心からそう思っています」 「遼二(りょうじ)……さん」 「それに――誰かを好きになって、その人と共に生きていきたいという気持ちもよく分かっているつもりです。あなたが江南氏に惹かれて人生を共にしたいと思ったお気持ちも理解できます」  なぜなら自分にもそうした大切な相手がいるからです――。  鐘崎(かねさき)はそっと隣に座っている紫月(しづき)の肩に手をやりながら、佐知子(さちこ)に彼を紹介した。 「紫月(しづき)といいます。俺たちは男同士ですが、互いを必要とし、共に人生を歩むことを決めて夫婦となりました。今は組の姐として立派に俺を支えてくれています」  紹介されて紫月(しづき)もまた深々と頭を下げた。 「お初にお目に掛かります。紫月(しづき)と申します。ふつつかな者ですが――遼二(りょうじ)さんや組長、(げん)さんや組員の皆さんに世話になっております」  佐知子(さちこ)は当然か驚いた様子でいたが、二人が真剣に互いを想い合っているのがその視線の動きひとつを見ても分かるのだろう、そうだったの――と言ってゆるく笑みを浮かべてみせた。  父の僚一(りょういち)は息子が伴侶を娶ったことを佐知子(さちこ)に知らせていなかったのだろう。もしかしたら離縁して以来、連絡を取ること自体をしていなかったのかも知れない。 「それよりも――今はご主人の江南賢治(えなん けんじ)氏を無事に捜し出すことが先決です。自分たちも全力を尽くします」  息子の頼もしい言葉に、佐知子(さちこ)はその双眸に涙を浮かべては顔を覆った。

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