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「母が結婚していた方のお名前は鐘崎僚一(かねさき りょういち)さん、私の兄に当たる息子さんは遼二(りょうじ)さんだと教えてくれました。父親は違うが、私と遼二(りょうじ)さんは血を分けた兄弟には違いない。長い人生の中で、もしかしたらその兄さんと出会うことがあるかも知れないし、一生会う縁がないかも知れない。でももし――もしその兄さんと会うことがあったなら、その時は兄弟として手を取り合って欲しい。その願いを込めて私に暸三(りょうぞう)という名をつけたのだと――父はそう言いました」  僚一(りょういち)遼二(りょうじ)――とくれば、次は暸三(りょうぞう)だったりしてな。  以前、紫月(しづき)もぼんやりとそんな想像をしては胸を痛めた。リョウの字が違うだけで一、二とくれば次は三だろう――そんなふうに思ったものだ。まさかその″暸三(りょうぞう)″は″遼二(りょうじ)″の息子ではなく、弟として自分たちの目の前に現れるなどとはさすがに想像できなかったものの、江南賢治(えなん けんじ)という佐知子(さちこ)の新しい人生の伴侶がそのように深く、またあたたかい心をもって自分の息子に命名したとは――。  鐘崎(かねさき)のみならず、紫月(しづき)も、そして(ジォウ)らも、驚きと同時に胸がつままれるような思いに包まれてしまった。 「――そうだったのか。江南(えなん)氏がそんなふうに考えてくれていたとはな」  江南賢治(えなん けんじ)という人は心根のあたたかい人物なのだろう。暸三(りょうぞう)の命名に関する今の話を聞いただけでもそれが分かるようだ。母の佐知子(さちこ)がなぜ彼に惹かれたのも理解できる――そんな気がしていた。 「このような形でお会いできて……鐘崎(かねさき)さんをお兄さんと呼ばせていただくことが赦されるのかも分かりませんが、皆さんにこうしてご助力いただき感謝の言葉もございません。私にできることがあれば、どんなことでもする所存です! 本当に……」  なんと言っていいか、鐘崎(かねさき)に対してもどう接していいか――そんな心の葛藤は当然あるだろう中で、暸三(りょうぞう)という青年は今現在自身の胸にある気持ちを精一杯伝えてよこす。その様は真摯という他ない。言いづらいことも勇気をもって何とかして伝えようとする彼の思いに、鐘崎(かねさき)もまた心を動かされるのだった。 「兄と――呼んでもらえるならば俺は嬉しい」  静かにそう返した鐘崎(かねさき)の言葉に暸三(りょうぞう)は瞳を見開いた。 「鐘崎(かねさき)……さん」  本当によろしいのですか――と、わずかに潤み出した瞳を見るだけでも彼の思いが手に取るようだ。 「俺は口下手で――お前さんのように思っていることを口にできずにすまない。本来であれば年も上の俺の方から打ち解けるべきであろうと思う。こんな俺だが、兄と呼んでもらえるならば素直に嬉しく思うよ」  よろしくな――と、差し出された鐘崎(かねさき)の手に震える手を重ねて、暸三(りょうぞう)は感極まった表情でうなずいた。 「あ……りがとうございます! ありがとうございます、兄さん――!」 「ああ。こちらこそだ」  はにかむ鐘崎(かねさき)の傍らから紫月(しづき)も満面の笑顔で二人の手に自らのを重ねた。 「暸三(りょうぞう)ちゃん! 俺もおめえの兄さんだ。よろしく頼むぜ!」  ニカっと白い歯を見せながら綺麗な顔をくしゃくしゃにして笑む。やはり紫月(しづき)というのはこういう微妙な状況でもそれを一八〇度ひっくり返して明るい方向へと持っていってしまう素晴らしい性質の持ち主だ。口下手な亭主に代わって場を和ませ、かといって亭主の気持ちもきちんと汲んでいるから、彼ら兄弟が自ずと打ち解け合うまでは強引に二人の間を取り持つようなことは控えている。二人が手を取り合ったこの瞬間にフレンドリーに接することで、どちらに対しても無理強いすることなくその間を更に縮める潤滑油の役割をごくごく自然にこなしてしまう。  鐘崎(かねさき)にとっても暸三(りょうぞう)にとっても一気に気持ちを和ませてくれる奇特な存在といえた。 「暸三(りょうぞう)紫月(しづき)の言う通りだ。二人ともお前さんの兄さんだ。まあ……頼りねえところもあるとは思うが――」  遠慮なく頼ってくれな――と言いたげにはにかむ兄に、暸三(りょうぞう)は嬉し涙を拭うのだった。 「はい。はい……! 遼二(りょうじ)兄さんに紫月(しづき)兄さん。ふつつかな弟ですが、どうぞよろしくお願いします!」  そんな三人を(ジォウ)(ひょう)らもあたたかい気持ちで見守るのだった。

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