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一方、調理場での火災騒ぎを聞きつけた敵一味の方でも、既に事の真偽を確かめるべく、すぐさま偵察に人員を回していたようだ。
「調理場と甲板にて確認を行なって参りやしたが、どうもシェフが怪我を負ったというのは事実のようです」
「怪我人はシェフで間違いねえのか?」
「はい。この目で確かめやしたが、鍋の油に火が回って、側にいたシェフ二人が大火傷を負ったようです。実際、担架で運ばれていく現場を確認しやしたが、一人は白髪頭の老人で、野次馬たちの話では副料理長だそうで。肩から脚にかけて酷え火傷でした。もう一人は頭から油を被っちまったようで、ちょいと目の毒ってくらいの大火傷でしたが、聞くところによると年は四十歳過ぎくらいのベテランだそうです」
あれじゃシェフに復帰は難しいでしょうな――などと言ってはわずかに苦い顔つきでいる。一応はプロであろう男がそう思ったくらいだから、紫月 のメイク技術が功を成したということだ。
紫月 は、依頼内容によっては鐘崎 を変装させる手伝いを頻繁に行なってきたこともあって、その腕前もかなりのものといえる。レイ・ヒイラギの息子である倫周 と懇意になってからは、彼のメイクアップ技術を目の当たりにしてきたゆえ、技量も格段に上がってきているわけだった。
「シェフは二人共野郎だったってのは間違いねえんだな?」
「ええ、この目でしっかり確認しやしたから確かです。ドクターヘリには医者が三人ほど乗っていて、一番近くの那覇辺りの病院へ運ばれるようです」
「そうか――。まあいい。案外この火事騒ぎで江南 のカミさんと息子も怯えているに違いねえ。部屋には戻ってねえようだが、こういう時は恐怖心が先立って人の集まるレストラン辺りにツラを見せるかも知れねえ。そっちの方にも目を光らせておけ」
「承知しやした」
「我々の方もそろそろ飯にするか。なんせ今日は昼抜きだったからな」
ルームサービスを頼んでおけという男に、下っ端らしき者が「了解です」と言ってうなずいた。
その後、彼らからのオーダーを受けて、給仕係に扮した鐘崎 と春日野 が再び一等船室を訪れることとなったのは、火事騒ぎからしばらくしてのことだった。窓の外の大海原はすっかり夜の闇に包まれている。時刻は夜の八時を迎えようとしていた。
今朝方と同様に四人分の夜食がオーダーされたという情報を受けて、僚一 はひとまずのところ一等船室にいる敵を制圧することを決断。息子の鐘崎遼二 と春日野 と共に部屋へと侵入することにした。料理を乗せたワゴンの下に潜り込んで行くという作戦だ。周 と李 も援護として同行し、部屋の扉を開けたまま待機。状況下にてすぐに踏み込める体制を敷く。
「遼二 、部屋に着いたらリビングの中央でワゴンを停めてくれ。今朝方と同様に敵の内、男二人はリビングにて姿を晒すはずだ。俺はその二人を狩る。お前と春日野 は二手に分かれてバスルームとベッドルームへ踏み込んでくれ。そのどちらかに江南 氏と――彼を拘束している敵が一人いるはずだ」
鐘崎 と春日野 が江南賢治 の姿を確認すると同時に、周 と李 が素早く部屋に踏み込んで制圧に加勢する手順でいくことで決まった。
「それから源 さん。ヤツら以外にこの船に乗り込んでいる敵に怪しまれないよう、一時的に船全体に通信を遮断する網を掛けてくれ。先の火災で通信システムが故障し、現在修理中だというアナウンスを入れてもらえるよう船長に協力を依頼した。これでしばらくは時間が稼げる」
その間に船内に散らばっている敵の仲間を炙り出すという。
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