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「通信ができなくなればヤツらはおそらく江南 氏を拘束している一等船室か、あるいは別のどこかの部屋に集まる動きを見せるに違いない。一等船室を訪ねて来る者があれば我々がその場で拘束。通信が遮断されている間に客室間を移動する動きをサーモシステムで見つけ出して、残りのヤツらの部屋と人数の目星をつける」
「かしこまりました! お任せください」
出港前、大袈裟と思われるほどに源次郎 が用意してきた機器が大いに役立つこととなったのである。
「では僚一 さんたちが一等船室を制圧したと同時に船内放送を流します」
「通信が遮断されれば我々とて影響を受ける。スマートフォンなど通常の回路は使えなくなるからそのつもりでいてくれ。よって、以後の状況確認はアナログではあるが独自回路を使うことにする。広範囲での通信は望めないが、この船の中では充分使えるだろう」
これまた源次郎 が用意してきた非常事態を想定した交信を確立。今更ながら鐘崎 は大袈裟だと思わされた源次郎 の前準備や父・僚一 の作戦の立案に敬意を感じずにはいられなかった。
僚一 は一足先に一等船室がある階のパントリーへと潜入。続いて給仕係に化けた鐘崎 と春日野 が夜食を乗せたワゴンを準備し、僚一 がそれに乗り込み上から白い布のシートを垂らす。周 と李 もその後に続いた。
「失礼いたします。お夜食をお持ちいたしました」
鐘崎 らを迎え入れた敵の男は今朝方と同じ人物だ。やはり彼らは丸一日中この部屋にこもっていたと思われる。朝は口数の少なかった連中だが、先程の火災のことが気になるのか、珍しくも彼らの方から話し掛けてきた。
「火災があったようだが――もう収まったのか? 怪我人も出たという話だが」
男らからの質問に対して、鐘崎 は丁重に頭を下げてみせた。
「ご心配をお掛けして申し訳ございません。既に鎮火いたしまして、現在は通常通りお食事がご提供できる状況でございます。シェフが少々火傷を負いましたものの、お客様方にお怪我がなくて何よりでした」
「……そうか。噂じゃえらく大怪我をしたと聞いたが」
「ヘリコプターが来ていたそうだが、あれはドクターヘリというやつか?」
男二人が交互に尋ねてくる。やはり彼らも状況が気になっているのだろう。運ばれていった怪我人が本当にシェフだったのかということが特に気に掛かっている様子だ。鐘崎 は今一度すまなさそうに頭を下げてみせた。
「ご心配をお掛けして誠に恐縮でございます。おっしゃる通り火傷の範囲が少々大きかったものですから、ドクターヘリで救急病院に……。お客様方にご不安を与えてしまい、たいへん心苦しい限りでございます。以後は調理場の者たちも気をつけて調理に当たりますので、どうかご安心くださいませ」
そのいかにも恐縮しているという鐘崎 の態度が功を奏したわけか、男たちも怪我をしたのは本物のシェフであると納得したようだ。そのままワゴンを進めてリビングの中央へと移動させる。
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