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「メビィ、ひとつ確認だ。ヤツら一味以外の使用人たちは地元の堅気ということだったな?」
『ええ、そのようよ』
「使用人らの中にサクチャイと密かに通じていると思われる者はいると思うか?」
『――そうね……。断言はできないけれど、おそらくはいない――と思うわ。彼らは私たちがこの邸へ到着した時には既にここで働いていたし、サクチャイは普段から割合頻繁にここに滞在しているふうだったから』
「ふむ、そうか――。では本当に給仕や清掃の為に雇われた堅気という線が強いな」
であれば、サクチャイらを捕える際に彼ら堅気を巻き込むことは懸念せねばならない。メビィも鐘崎 の言わんとしていることが読めたのか、自身が邸を抜け出すに当たって使用人たちを共に避難させねばと思ったようだ。
『遼二 さん、彼らの殆どは邸一階の調理場か、その付近の雑務室にいるわ。アタシがここを出る際に連れて出る必要があるということね?』
「ああ――。問題はその方法だが。地元民というからにはおそらくインドネシア人か――あるいはサクチャイと同じ国の人間ならばタイ人だろう。俺たちが踏み込んでサクチャイの一味と乱闘になれば、使用人たちを巻き込んでしまう可能性が高い」
危険を知らせて皆を誘導するにはメビィが現地の言語で状況を伝える必要がある。
「お前さん、ここいらの言語は分かるか?」
『残念ながら厳しいわね。彼らとはお茶や食事を提供してくれた際に顔を合わせてはいるけれど、会話はほぼ皆無だったわ。アタシのことは外国人と認識しているのか、身振り手振りで食事を勧めてくれたという感じだったし』
「ふむ――ではこうしよう。必要最小限の単語で、この邸は今から襲撃に遭うことを伝えよう。簡潔に紙に書いて、お前さんと共にとにかくは邸を出るように促すのだ。念の為、インドネシア語とタイ語に翻訳した文を今からお前さんの携帯に送る。それで何とかできんか?」
『分かったわ。やってみる!』
「それにはサクチャイらを使用人たちのいる一階から引き離す必要があるな……。メビィが彼らを連れて裏口から密かに脱出するとして、サクチャイ一味に気付かれんようにせねば逆に危険だ」
しばし考えを巡らせて後、
「鄧 先生、犬を引き付けられる都合の良い代物ってのはありますでしょうか?」
鐘崎 は鄧 を振り返ってそう尋ねた。
「――と言うと、猫にマタタビのようなニュアンスということかな?」
鄧 は面白そうに口角を上げながら鐘崎 を見やった。
「そんなところです。庭で犬に騒ぎを起こさせて、その隙にメビィらを脱出させられればと思うのですが」
「ふむ、なるほど。だったらいい物がありますよ」
これです――と言ってガサゴソ、鄧 が鞄から取り出した物を見るなり、その場にいた全員が「ウッ……」と鼻を塞いだ。
「先生……そりゃいったい何です?」
メビィのボスが怖いもの見たさのような顔つきで覗き込む。チームのメンバーたちも同様だ。
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