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「まあ――我々人間にとっては悪臭ということになりましょうが、犬にとってはまた別でしてね。これはですね、ミミズの死骸を発酵させた代物なのですよ」
「ミミズ!?」
「そう、ミミズ! 私の興味の一環で、ちょいと面白い薬物を仕込んでありまして。分かりやすく言うならば興奮剤といったところです」
「興奮剤……ですか」
「ええ。猫にマタタビに近い反応を引き出せる代物ですよ。これを庭に放り込めば、ワンちゃんたちは喜んで寄って来てくれるはずなんですが――」
「はぁ……。――にしても、よくそんな物をお持ちですな」
チームのボスが未だに鼻をつまみながら感心の面持ちでいる。
「単なる私の趣味でして。ですが、まさかここで役に立つとは幸先がいいですねぇ」
鄧 といえば若干変わったところのある、ある種掴みどころのない性格なのは知っているが、普段から一緒に暮らしている周 であってもさすがに唖然とさせられる。まあ彼は獣医の資格も持っているので、人体以外の動物に対しても様々知識があるのだろうが、それにしてもこんな緊急時にマニアックな代物まで持ち歩いているとは――と、半ば呆れさせられてしまう。
「それで遼二 君、これを庭に投げ込んでワンちゃんたちを引きつければよろしいわけだね?」
「ええ、できればメビィのいる部屋の真下辺りで大騒ぎを起こさせられればと思ったんですが……」
彼女のバルコニー直下で犬たちに騒ぎを起こさせ、メビィにも協力してもらい、犬に襲われそうだから何とかしてくれと言ってサクチャイらの意識を引きつける。彼らが犬に気を取られている隙にメビィは使用人らと共に裏口から密かに邸を抜けるという算段だ。
「メビィ、聞いていたか? 今から犬を興奮させる餌を投げ込む。お前さんはできるだけ派手に怖がるふりをして、サクチャイらを部屋へ引きつけてくれ。チームの皆さんが裏口でお前さんたちを待っている」
『分かったわ。やってみる!』
作戦が決まったところでチームのメンバーたちにはメビィの出て来る裏口で待機してもらい、迅速に彼女を拾って車で撤収。
「俺たちは万が一敵に気付かれた時の為にここに残る。メビィがいなくなったことを悟られないよう、台湾の張敏 らに言って捕らえている五人からサクチャイ宛てに連絡を入れさせよう」
例の五人を脅してサクチャイに連絡を取らせ、手違いがあって到着が遅れているとでも伝えさせればいいだろう。
「明日には予定通り江南 博士を連れてこのバリで落ち合うと言わせれば、ヤツもひとまずは安心して仲間の到着を待つことになる。それまでには親父たちとも合流できるだろうから、そこで一網打尽にする」
「では準備が整い次第、作戦を決行するとしよう。皆、配置についてくれ」
鐘崎 と周 の指揮で皆が各所に散らばっていく。台湾で五人を拘束している張敏 らにも連絡がついたところで、いよいよ決行となった。
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