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「おい! 誰か酒を持たんか! おい!」
サクチャイが呼び掛けれども使用人らからは返事がない。調理場からも執務室からも人の気配が感じられずに静まり返ったままだ。
「ボス! 使用人たちが見当たりませんぜ!」
「何だとッ!?」
サクチャイは、この時点でようやくと何かがおかしいと気付いたようだ。
「――女はどうした? アンジェラだ」
手下に邸内を捜させるも、どこにも姿が見つからないという。そこで初めて先刻の犬たちの騒ぎに疑いを持ち始めたようだった。
「――あの女、まさかとは思うが……回し者だったのか」
犬たちによる騒ぎは彼女がここを抜け出す為の策だったのではないかということに気付く。
「まさか――あの女は周 一族と鐘崎 組がよこした囮だったとでもいうわけか……?」
「ボス……。ってことは……あの女が使用人たちを連れて逃げたってことですかい?」
だとすれば、下船以来連絡が取れなくなっていた五人の仲間も彼らの手に落ちているという可能性も出てくる。だが、その五人からは明日にはここで落ち合えると連絡が入ったばかりだ。
「――もしかすると、五人がやって来るというのはデタラメで、周 と鐘崎 が我々を拘束しに乗り込んで来ることも考えられるか……」
サクチャイは今一度五人の仲間に連絡を取るように指示を出した。ところが、当然か繋がらない。
「ボス、電話が通じませんぜ」
「……クッ、やはりか。では悠長にしていられんということだ」
サクチャイはすぐさま別荘を出て移動を考えたようだった。
「クソッ……! よりにもよって香港の周 と日本の鐘崎 に茶々を入れられるとはな……。ということは、台湾の楊 一族の耳にも当然伝わっているはず」
現在、台湾には楊礼偉 襲名披露の為に各国から裏社会の者たちが集結していることは承知だ。アジア圏のマフィアを束にして敵にするほどサクチャイらの力は大きくない。
「もうちょっとでその力加減をひっくり返せるところだったってのに――!」
例のDAとその解毒薬を牛耳ることが叶えば、例え香港マフィアや台湾マフィアが相手でも苦ではなくなるはずだった。
「畜生……ッ、あいつら……この俺を雑魚と見くびりやがってるのが目に見えるわ! まさかこっちの思惑に気付いて、例の解毒薬を横取りしようって腹づもりか……。クソッ、クソぅ……」
こうなったらひとまずDAの解毒薬は諦めるしかない。現段階で周 一族をはじめ、鐘崎 組や楊 一族らを相手にするのは分が悪過ぎる。というよりも勝ち目はない。
「……だが、このままあいつらのいいようにさせて堪るか……ッ! 俺の夢をぶっ潰してくれた報復はしっかりとさせてもらうぞ……」
サクチャイは一人憤っているが、手下たちは尻込み気味だ。
「ですがボス……ホントに周 一族と楊 一族が相手だとしたらやべえですぜ。ヤツらを怒らせりゃ、俺たちゃ無事でいられませんぜ」
「言えてますわ……。もしも周 たちが乗り込んで来たなんてことになったら……下手すりゃ明日は命があるかどうか知れたもんじゃありやせん」
手下たち曰く、ここは一刻も早く身を隠すべきだと、既に逃げ腰だ。その弱気を腹立たしく思えども、サクチャイとて命が惜しいのは事実だ。
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