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「我々がヤツの別荘を包囲したことが分かった時点で、ここ台湾に残っていた仲間に通達を出し、礼偉 のところのディーラーを捕まえてDAを盛らせたのかも知れんな」
楊礼偉 の披露目の一環としてカジノイベントが用意されていたことは周知のことだ。その場を利用して披露目の宴を台無しにしてやろうと目論んだとすれば、彼らが素直に捕まったことにも合点がいくというものだ。
僚一 や周隼 が原因で楊 家の披露目に泥がついたとなれば、互いの信頼関係にもヒビが入る。DAを牛耳って裏の世界での強大な立場を確立しようという思惑は、香港と台湾、そして日本の裏社会に於いて著名といえる隼 や僚一 らの組織が動いた時点でどのみち叶わないと踏んでのことだったのだろう。その代わりに楊 家の披露目に泥を塗ることで、上手くすれば鐘崎 組や周 ファミリーが楊 一族から恨まれる立場に追い込むことができるかも知れない――。果ては亀裂が生じた組織間の感情を利用して楊 家に擦り寄り、どんなことでも力になるから周 ファミリーと鐘崎 組の手から自分たちを解放して欲しいと頼み込む。上手くすれば楊 一族を味方に付けることも夢ではない、そんなふうに目論んだのかも知れない。それがサクチャイの報復ということなのだろう。
だが、そんな身勝手な思惑に振り回されるわけにはいかない。
「――とにかく、是が非でも礼偉 の襲名披露イベントを成功させねばならん」
それには薬物を盛られたディーラーに代わって、同等もしくはそれ以上に腕を奮える代理が必要不可欠だ。
誰の脳裏にも冰 という凄腕のディーラーが思い浮かんだ。
冰 ならば楊 家が随一と誇るそのディーラーに代わって難なく役目を全うできることだろう。そうは思えど、さすがにそれを安易に口にして良いべきか――と、踏みとどまるような空気がその場の皆を包み込む。冰 自身にもそんな空気が伝わったのだろう。
「あの……白龍 。もし良ければ、俺でお役に立てないかな」
そのひと言が張り詰めていた場の空気を一気にゆるめた。
「冰 、お前が楊家のディーラーの代わりに――ということか」
周 にももちろんのこと代わりを務められるのは冰 しかいないだろうと分かっているようだ。皆が口に出して言いづらかろうことを進んで代弁する。
「うん、あの……俺なんかで頼りないことは重々承知なんだけど……もしもお役に立てるならと」
冰 は肩をすぼめて、図々しい申し出だと思うけど――と言った。
その言葉に大いに喜んだのは他でもない、楊礼偉 と彼の父親だった。
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