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「よろしいのか……? そうしていただければ我々にとってはこの上なく有り難いが……」
「隼 、焔 、お前さん方も同意しておくれか?」
楊 家としても彼らのディーラーが潰された以上、代わりの者は必要不可欠だ。冰 の腕前が確かなことは重々承知だし、本当に代役を引き受けてもらえるならばと、すがるような思いでいるのは事実だろう。
「楊 の親父さんと礼偉 殿がそれで良いのであれば喜んで――」
周 と冰 の快諾を聞いて、その場の誰もがホッとしたように明るい空気に包まれた。むろんのこと、周隼 と僚一 もよく申し出てくれたと安堵の表情を見せる。
「ではディーラーを冰 に任せるとして、問題は見た目だな。礼偉 のところのディーラーは年齢的にも四十絡みということだったな? 冰 とはだいぶ歳が離れているし、そのディーラーの顔を知っている者も多かろう。変装はレイ・ヒイラギのところの倫周 にやってもらうとして――さすがに本人そっくりにとはいかんだろう」
これが映画やアニメの世界ならば、冰 を楊 家のディーラーそっくりに仕立てて代役を務めさせることは可能だろう。だが、現実的にはそこまで上手くいくわけもない。メイクといっても限界があろうし、声ひとつ取ってもまったくの別人に成り代わるなどまず無理だ。この際、本人に似せるのではなく、潔く別の新人ディーラーということでブースに立った方が賢明だろうかと隼 が考え込んでいる。
――と、その時だった。黙って皆の話を耳にしていた江南賢治 が『僭越ながら――』と割って入った。
「あの、皆様……。よろしければその薬物を盛られたというディーラーさんを私に診察させてはいただけませぬか。本当にDAを盛られたのであれば、診せていただければ分かります。それに――もしもご許可がいただけるのであれば、解毒薬を投じることも……」
江南 曰く、DAの解毒薬は既に完成しているものの、人体に於いての臨床試験という意味で不完全なだけだという。
「ただ、私自身での臨床試験は済んでおります。実際にDAを我が身に投与し、完成した解毒薬を服用したところ、結果は成功いたしました」
江南 は自分自身の身体を使って臨床試験を行なったというのだ。いくら解毒薬開発の成功に漕ぎ着けたといっても、DAという非常に危険な薬物を誰かに盛って試すことは憚られたわけだろう。下手をすれば全く効かないどころか、逆に予期せぬ悪症状が現れることも有り得るからだ。江南 は公に行う臨床試験の前に自身の命を賭けても解毒薬を完成させるという覚悟の下で研究を行っていたのだ。
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