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47(後日談その1)

 帰りの飛行機は日本から手配されて来た鐘崎(かねさき)組のプライベートジェットだった。当初は(ジォウ)が帰路の飛行機を受け持つ予定だったのだが、江南(えなん)一家をドイツへ送り届ける為に(ジォウ)家のジェットを用意してもらったこともあり、組長の僚一(りょういち)が気を利かせたのだ。  鐘崎(かねさき)組のジェットも(ジォウ)のそれと違わずに、設備の整った豪勢なものだ。二組のカップルたちは源次郎(げんじろう)真田(さなだ)らに見守られながら、和気藹々リビングにて寛いでいた。  そんな中、鐘崎(かねさき)が少々生真面目な顔つきで皆に礼を述べた。 「氷川(ひかわ)(ひょう)、それに紫月(しづき)。今回は――というよりも今回もだが、本当に世話になった。この通り、礼を言う」  会釈というよりは深々といった調子で頭を下げた鐘崎(かねさき)に、三人の方が驚いたように目を見開かされてしまった。 「なんだ、改まって」  (ジォウ)は物珍しげに親友をしきじきと凝視、(ひょう)などはあたふたと慌てて『どうぞ頭を上げてください』と言いたげに視線を泳がせている。鐘崎(かねさき)は姿勢を戻すと穏やかに話し始めた。 「ん――、正直なところ今回も本当におめえらに助けられた。俺はその――知っての通り口下手で……人付き合いも大して上手い方じゃねえ。そんな中で突然母親と弟という存在が目の前に現れて……正直なところどう接していいか戸惑った。特に弟の暸三(りょうぞう)にはどんな言葉を掛けたらいいのか迷って、自分からはなかなか声も掛けられずにいた」  そんな時に(ジォウ)が気を利かせて話し合える場を作ってくれたり、(ひょう)が茶を淹れてくれたりした。そして紫月(しづき)もまた、強引に仲を取り持つようなことはせず、非常に良いタイミングでフレンドリーに接してくれたのだ。 「お前らがいたからこそ俺は素直にあの二人と向き合うことができたんだ。俺一人じゃどうしていいか分からずに素っ気なくしちまっただろうと思う。本当に――感謝している」  この通りだ、というふうに鐘崎(かねさき)は今一度深々と頭を下げた。 「まあな、カネだけじゃねえ。予想もしていねえ突然の邂逅だ。カネじゃなくとも、例えば俺でも(ひょう)でも一之宮(いちのみや)でも、カネの立場なら戸惑って当然の出会いだったろうさ」  とにかく頭を上げてくれと周が言う。鐘崎(かねさき)は「ありがとう」という言葉に代えて薄い笑みと会釈で応えた。 「しかし正直驚いた。暸三(りょうぞう)はともかく母親の存在なんてのは生まれてこのかた想像もしたことなかったしな。母親っていうのがどんなものなのかも考えたことがなかったんだ」  実際、今でも実感が湧かねえってのが本音かな――と、鐘崎(かねさき)は切なげに笑う。 「まあな。そいつぁ俺とて似たようなもんかも知れんな」  (ジォウ)はその気持ちもよく分かるぜと言ってうなずいた。 「俺にとっての母親といえば香港の継母(おふくろ)だが、物心ついた頃から実母ともしょっちゅう顔を合わせていたからな。ガキの頃は実母の存在が俺にとってどういうものなのかよく分からなかったってのが本音だ。実母は常に一歩控えめな調子でいて、俺に対しても実の子供というよりは何かにつけて遠慮が伴うような接し方だったからな。大人になってようやくその意味が分かるようになっても、よその一般家庭の母子(おやこ)のように腹の底から遠慮なく何でも言い合える仲でいられているかと言えば、多少違うのだろうなとも思うさ」  (ジォウ)鐘崎(かねさき)もそういった意味で心から母親に甘えるという体験も感情も希薄な人生であるといえる。紫月(しづき)にとってもまた同様で、自分が生まれたと同時に母親が他界してしまったわけだ。(ひょう)とて幼い頃に両親を亡くしているわけだし、皆それぞれ境遇は違えど互いの気持ちが理解できるのだろう。 「ん、俺も母ちゃんがどんな存在かってのは分からねえけど、その分親父が充分愛情注いでくれたなって思ってさ。有り難えと思ってる」  紫月(しづき)が茶菓子のクッキーを頬張りながら爽やかに笑む。 「俺もです! 両親に代わって(ウォン)のじいちゃんからたーくさん愛情注いでもらったなぁって」  (ひょう)は皆におかわりのお茶を注いではにっこりと笑う。その笑顔は幸せに満ちていて、曇りがない。  目の前の嫁たちを見つめながら、(ジォウ)鐘崎(かねさき)もその通りだなと言って微笑んだ。 「とにかく親がいてこそ俺たちの今があるわけだ。その恩に報いるってわけじゃねえが、俺は一生涯かけて(ひょう)を――」 「ああ、俺は紫月(しづき)を――」  この世の何よりも誰よりも大切にして、何よりも誰よりも愛情を注いで生きていくぜ――!  そんなふうに言葉を重ねた旦那たちに、紫月(しづき)(ひょう)もまたとびきりの笑顔を返すのだった。 「ンだな! 俺も生涯、俺ン持てる愛情をとことん(りょう)に注いで生きてくべ! それが俺の生きる糧だわ」 「俺もです! 白龍(バイロン)がくれる愛情に負けないくらいの愛情を返したいなあ。それが俺の夢――というか目標です」  えへへへと照れながら肩を突き合う嫁たちに、旦那二人もこれ以上ないくらい瞳を細めてしまった。 「幸せだな、俺らは――」 「ああ。いい嫁と、いい友を持った」  俺たちにとっては互いが時に親であり、友であり、そしてかけがえのない伴侶だ――!  この縁を当たり前と思わずに、大切に大切に、これからもより一層育んで生きていこう。  そんなあたたかい思いを胸いっぱいに満たしながら微笑み合う、幸せな帰路だった。 後日談その1 時に家族であり、友であり、唯一無二の伴侶であり - FIN - ※次、(ひょう)の神業ロイヤルストレートフラッシュの話で盛り上がる! の巻です♪

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