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第3話

 それから、数週間後の夜。  その夜に。 「なぁ、トニー」 「ああ?」 「そろそろ君を俺にくれてもいい頃じゃないかな」  カウンターの上でトニーの手を握り、ケインが微笑む。  シルバーグレイの前髪がかかるメガネ。その奥にはスモーキーグリーンの瞳がきらめいている。  ケインがあまりにも、綺麗に笑うので、トニー・ブラウンはその言葉の意味を理解するのが一呼吸遅れてしまった。 「あ?」 「だから、俺に君を抱かせて欲し……」 「ぁあああああっ!」  うっかり聞き返したトニーは、ケインの手を振りほどくと、ぶんぶんと辺りの空気を両手でかき混ぜる。 「ひどいな、トニー。そんなことをしても、僕の言葉は消せないし……どうせ黙らせるんなら、君のキスで唇を塞いでくれれば良いのに」  ケインは、心身ともにお堅い恋人に、やれやれと溜息をつく。 「僕たちは両想いになれた。なあ、今夜、君を俺にくれないか? いいだろう?」  トニーは片手を上げると、大きな手のひらで思わず自分の顔面に打ちつける。 ──先頃、ケインに告白され、そのいたいけな姿に思わずOKを出してしまった自分に、トニーは後悔はしていなかったが反省はしていた。  その時、ケインに押し倒したいとは言われたけれども、明確に抱きたいとまでは言われていなかったので、ああ、まさか、自分にボトムを求められる日が来ようとは、トニーは夢にも思わなかった。  消防士である二人は、珍しく休日が被ったので久しぶりに飲まないかとケインにバーに誘われ、初めてのデートとなったわけなのだが── 「ケイン……」 「まだ早いとか、お互いそんな年齢でもないだろう? トニー。俺は、君の全てを手に入れて、早く安心したいんだ」 「安心?」  怪訝な顔のトニーに、ケインは顔を赤らめて俯く。 「……いや、すまない、それは嘘だ。単に俺が魅力的な君が欲しくてしかたがないだけだな……」  きゅっと唇を引き結び、ケインはカウンターのジンを一気にあおった。  そうしてタン、と、ショットグラスを置き、上目遣いにケインはトニーを見つめる。 ──だめ、かな?  唇は動かずとも、目がそう語っていた。 「わかった……」  トニーはカウンターに紙幣を置き席を立つ。 「シャワーは貸してくれるんだろう?」  眼鏡を押し上げて、ケインは、もちろん、と上擦った声で、慎重に答えた。

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