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第3話
「お体の調子はいかがですか?」
「まあまあかな」
一連の流れを見ていたグレンがノアに問う
そっけなく返す僕にグレンは顔を歪めることもなく、むしろ嬉しそうに笑っていた
「それにしてもノア様、大変お美しくなられて…」
「そう言うアンタは、ずいぶん老けたいたいだけど」
実際、グレンの顔は昔とそれほど変わっておらず少し大人びたくらいなのだが、僕はグレンの顔を見ながら嫌みったらしく吐き捨てる
しかし、僕の毒気にも全く動じずにグレンは続ける
「ああ、その毒舌っぷり。全くお変わりなりませんね。覚えていますか?3歳のころもまだ未発達の口で私のことを…」
「いいよ、そういうの」
ペラペラ喋り続けるグレンを横目に、僕は再び窓のカーテンを開けて外の様子を見る
なんせ異世界に来て初めての外出だ
街並みや人々の服装一つ一つに興味があった
夢中で外を眺める僕をグレンは微笑ましく見ていたが、学園が近づくにつれてその顔はだんだんと曇っていった
「ノア様、この10年間お力になれず申し訳ありません。ですがやはり、私はあんな危険な場所にノア様を連れて行きたくはありません」
危険な場所
その言葉にはこの世界のオメガとアルファの関係性を強く意味していた
まさに僕は今、獣だらけの大きな檻の中に足を踏み入れようとしているのだ
無謀な事だと誰もが思うだろう。僕自身もそんなこと分りきっている
だがしかし、今の僕にはもうこの手段しかないのだ
「なら、グレンが僕を助けてくれるの?」
「…申し訳ありません」
返す言葉もない、と言うようにグレンは俯く
もし、ノアの気が変わり学園に行くのをやめたとて、父親からは逃れられない
すぐにまた離れへ閉じ込められてしまうのだから、どちらにせよノアはどん底にいる
学園の獣か、血の繋がった獣か
ノアにとっては結局、どちらも同じで、獣は獣でしかない
ならばせめて、やれることくらいはやっておかないと、後悔して終わってしまう
そうならないために、ノアは学園に通うと決めたのだ
だが彼も、それなりに思うことがあるのだろう
分りやすくしょげる姿を見て、僕は思わずフッと笑った
「アンタも変わらないね」
「私のことを覚えてくれているんですか?」
「まぁね。僕のことを聞き回ってるってメイド達が教えてくれた」
確かにグレンとは10年の間一度も会うことはなかったが、僕のメイドが口々にグレンのことを話してくれるので忘れることはなかった
今思えば彼女達の話がなければ、グレンのことなどとっくに忘れていただろう
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「グレンさん、今日もノア様の様子を聞いてきましたよ」
「それなら私も聞かれました。まるでストーカーみたいですね」
「ええ、本当に。相当ノア様がお好きなんですね」
メイド達は顔を見合わせてくすくすと笑い合う。その笑い方は嘲笑のようなものではなく、純粋におしゃべりを楽しんでいる様子だった
そんな彼女らの会話を僕はいつも紅茶のカップを傾けながら聞いていた
グレンの記憶は覚えていると言っても、うっすらとしかわからないが彼女らの話を聞いて、そのうっすらとしか覚えていないグレンを毎日思い浮かべるのが日常となっていた
「ノア様、グレンさんから贈り物ですよ」
定期的にグレンから送られてくる抱えるほどの大きな荷物
父親にバレないようにするためか、毎回食材用の箱が送られてくるが、中を覗けば大きくふわふわのぬいぐるみが入っていた
当時は子供らしいとあしらう反面、父親から送られてくる数々の宝石よりも、何倍も心地のいいものだと感じていた
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「ご存知だったんですね、お恥ずかしいです」
僕のことを聞き回っていることを知っていたといえば、グレンは両手で顔を覆う
「ノア様には内緒に、と言っていたんですが」
「おしゃべり好きな彼女達に、内緒話が内緒になることはないからね」
「そうですね…」
グレンはハハっと苦笑いした
そうこう話しているうちに学園が近づいてきて、遠くに小さく門が見えてきたところでグレンが慌てたように小箱を取り出した
きっとお父様から預かったものだろう。グレンは慎重に箱に手をかけた
「ああそうでした。ノア様、忘れないうちに」
グレンは綺麗に装飾された高価な箱をパカっと開けると、中身を慎重に取り出す
箱から出てきたのはオメガ用のチョーカーで、細かに宝石が散りばめられており、遠くから見てもキラキラ輝いているのがわかる
おそらくお父様は、シンプルなチョーカーではなく、あえて高価な宝石を取り入れることによって、ノアは自分の所有物なのだと、周りのアルファに見せつけることにしたらしい
「…ほんと、悪趣味だなあの人は」
「お付け致しましょうか?」
「いい、自分でできるよ。そのくらい」
僕はグレンからチョーカーを受け取って自身の首に回す
今まで必要がなっかったためつけるのはこれが最初だ
初のチョーカーは首を締め付けられる圧迫感があったが、グレンが調整してくれたため幾分かマシになった
まだ違和感はあるが、そのうち慣れるだろう
そろそろ学園に着く
これから起こりうる数々の出来事を考えると少々不安ではあるが、自分の気持ちを落ち着けるために、僕は大きく深呼吸する
その時香ってきたのは幽閉されていた離れでは嗅ぐことの出来なかった様々な匂い
そんな些細なことにも僕の心は大きく弾んでいたのだ
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