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第4話

ノア様が生まれた時、私は18で、まだまだ未熟者でした その時期は色々な事情が重なり、使用人の数が激減していたため乳母の代わりに私がノア様の世話係として任命されたのです ノア様は赤子の頃から物静かで滅多に泣かず、全く苦労することなくあっという間に大きくなられました 今思えば、異常なのほど静かだったというのに育児が初めてだった私は、それがおかしいことだなんて気づきもしなかったのです その後ノア様は順調に成長され、無事3歳のお誕生日を迎えられました 通常の子供より脳の成長が恐ろしく早かったノア様は、この時にはすでに悠長な言葉遣いをされておりました 「どうしてにんげんにはオメガがそんざいするのに、ほかのどうぶつにはないの?」 ノア様は幼くして聡明で、私も考えたことのないような質問をよく聞いておられました 私はその度に頭を捻り、何とかノア様が納得いくような答えを考えるのですが、なかなかうまくはいきません 「それは、女性が少なかった時代、神様がオメガを作って男女の比率を均等にしたかったからではないでしょうか」 「それならおんなのひとのうめるかいすうや、にんずうをふやしたほうがはやいとおもう。かみさまはそうはおもわなかったのかな?」 「…申し訳ありません。私にはわかりかねます」 「おバカなグレン。かみさまなんていないんだよ」 このような子供らしからぬ会話がたびたびありまして、私はいつも返答に困っておりました そんなノア様は本を読むことがお好きなようで、わずか3歳にして大人が読むような複雑な本も、好んで読んでいらっしゃいました 「えほんはすきじゃない。もっとむずかしいほんもってきてっ」 「ですがノア様、もうお休みになる時間です。長いお話ですと、お休みになるのが遅くなってしまいます。明日、お読みになられてはいかがですか?」 「ヤダっ」 時々このように駄々をこねることもありましたが、そんなところは年相応でとても可愛らしくおありでした そんな穏やかな日常が続く中、状況はあまりに突然に急変してしまいました 「今後一切、ノアに男を近づけるな。お前もだ、グレン」 突然、旦那様はノア様を離れのお屋敷に移し、世話人も全て女性のベータしか許されず、離れには旦那様以外、男は近づくこともできなくなってしまいました たった3年という短い間でしたが、それでもノア様が心配でならなくて、旦那様には内緒で度々メイド達にノア様のご様子を伺っていました 事件が起きたのはその6年後、ノア様が9歳の時でした 「最近、ノア様の様子はいかがですか?」 「グレンさん…それが…」 話を聞いて、私は驚愕しました どうやらノア様は外に出たいあまりに、離れの庭に空いた小さな穴から脱走を試みたようでした ですがそれもすぐに門番に見つかってしまい、そのことを知った旦那様はひどくお怒りになってしまわれたのです 旦那様はノア様に罰を与えると仰って、一週間という長い間、全く光のない暗闇の中にノア様を閉じ込めてしまったのです いくら叫んでも出してもらえず、食事も最低限という過酷な罰を、幼いノア様が耐えられるわけもなく、部屋から出してもらえた時にはすっかり疲弊してしまっていたそうです そんな話を聞いた私はとても胸が痛くなりました ノア様のことをお助けしたいのに、何もできない自分にひどく腹が立ちました それからというもの、時々しかノア様の近況を聞いてこなかった私は、毎日のようにノア様のご様子を伺うようになりました 「ノア様、最近お元気がないようなんです。この前のこともありましたから、今はそっとしておいた方がいいと思って」 「今日もお食事を抜かれたようです。ここ数日、ほとんど何もお食べになっていないんです」 「毎日眠れないみたいで…一日中ベッドでお休みになられているのに、目の下のクマは濃くなる一方で、」 「もう長い間ノア様のお声を一度も聞いておりません。私達も寂しいばかりで…」 聞くたびに症状が悪化していくノア様に、私は胸を痛めるばかりでした 何とかしてノア様のお力になれればと思い、私は旦那様に見つからないようにノア様にプレゼントを贈るようになりました よく眠れるようにと、ふわふわのぬいぐるみに、おまじないをかけて そんな日々が続いて、ノア様が13歳になったある日 転機は突然に訪れました 「ノアを学園に通わせることにする」 「…本当ですか?」 ついにノア様が外に出られる機会が訪れたのです 学園に通うお許しが出た理由としては、長年ノア様が学園に通いたがっていたのと、ノア様の健康状態を考慮してのことでした オメガの子供は大抵、10〜14歳程になるとヒートと呼ばれる発情期のようなものが訪れ始めるのですが、アルファとの関わりが極端に少ないとヒートが訪れず、その結果ホルモンバランスが乱れ、免疫力が弱まってしまうのです 旦那様はそれを考慮し、程よくアルファに接触させながら私が監視役になりアルファからお守りするという条件で学園に通うことを許可していただきました それに伴い、私はノア様と10年ぶりに再会を果たすことができました きっとノア様は私のことなど覚えてもいないでしょうが、それでも、ノア様に会えるのがたまらなく嬉しかったのです 10年越しにお会いしたノア様はこの世のものとは思えないほど美しく成長しておられ、まるで天使のようでした それでもやはり、痩せ細ったお体に、目の下には濃いクマ。話に聞いていた通り、ひどくお疲れのようでした そんなノア様と馬車でご一緒する時間はまるで夢のようでした 初めての外の景色に目を輝かせ、とても嬉しそうに笑みを浮かべるノア様に、私は感極まってしまいました 道中、少しばかりノア様とお話ができたのですが、幼い頃からの毒舌っぷりは変わっておらず、声もまるで鈴の音のように清らかで、美しいものでした そんな時間もあっという間。 学園が近づくにつれ私は不安を抱くようになります もしノア様に何かあったら? ノア様が嫌な思いをしてしまったら? せっかく待ち侘びていた外の世界で、ノア様を悲しませるわけにはいかない ですが私が思っていたよりもずっと、ノア様の決意は固く、瞳には力強さを感じました それならば、私が全力でノア様のお力になりましょう 首にチョーカーを巻く美しい天使を目前に、どんなことからも必ずお守りしてみせると、私は強く誓ったのでした

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