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第5話
「お帰りなさいませ、アラン様。そして、ようこそおいで下さいました、ノア様」
無事学園に到着し、グレンのエスコートで馬車から降りると、教職員であろう男はスーツを身に纏い、礼儀正しく頭を下げて2人を出迎えてくれた
背後の何人かの使用人も一斉に頭を下げる
これを見る限り、ヴァロワ家の力はかなり強く、アラン兄様も学園側に大事にされてると言うことが見てとれた
「荷物を運んでおいてくれ」
「かしこまりました」
アラン兄様は男に荷物を運ぶように言うと、僕と視線が合わさるわけもなく1人先に学園の中に入っていく
その間、度々周囲のあちこちから女性や男性の歓喜する声が聞こえてきた
さすがはトップクラスのエリート。男女共々大人気なようだ
しかししばらくすれば、所々から歓喜の声とは別のものも聞こえてくるようになる
「ねぇ、あそこにいる小さな男の子はどなた?」
「ほんとだわ、私より小さい。低学年の子かしら」
「ええ、でも、どうしてアラン様と一緒に?」
「首にチョーカーをしてますわ。まさか、あれが噂の…」
だんだんとアラン兄様に向けられていた声は、いつの間にか僕に対してヒソヒソと話す声に変わっていった
内容はだいたい思っていた通りの話。初日から有名人になってしまったようだ
小さくため息を吐く中、教職員の男とその他数人の使用人は、すでにいなくなったアラン兄様の荷物をテキパキと光の速さでまとめていく
そのうち僕の荷物も運ぼうとしたのだが、それをグレンは阻止するように言った
「こちらの荷物は運ばなくて大丈夫です」
「え、ですが…」
「私が運びますので、行きましょう。ノア様」
そう言ってグレンは決して少なくない僕の荷物を軽々持ち上げる
ここでは何があるか分からない
グレンはその事を案じて、僕の荷物を他人に任せる訳にはいかないと判断しての行動だろう
それにしても、あんなに簡単に荷物を持ち上げるグレンに驚いた
ベータというのもそうだが、あんな細身な身体で涼しい顔して持ち上げるものだから、あの整った正装の下にはアルファに負けないくらい美しい肉体を隠しているに違いない
今度筋トレ方法を教えてもらおうかな
僕は薄っすらそんな事を思った
「でしたら、先にお部屋の紹介からさせて頂きましょうか。ルイス君、案内をよろしくお願いします」
「わかりました。ノア君、初めまして。俺はルイス。君より2年年上だ」
「…ノア・ディ・ヴァロワ」
ルイスという僕より背の高い男は、握手を求めて僕に手を突き出す
ノアは彼がアルファだとフェロモンですぐ気づいたので、握手はせずに挨拶だけした。
ルイスはスッと目を細め、ノアを睨みつけたが、それも一瞬で、すぐに何事もなかったように会話を続けた
「ノア君は編入生と聞いてるよ。慣れない日々が続くと思うけど、今日明日は君に付き添うから、わからないことがあれば気軽に聞いて」
そう言うとルイスは僕たちを部屋に向かう道中の校内の案内をし始める
一度では到底覚えられないほど校内は広かったが、ルイスの丁寧な説明のおかげで、今のところ迷う事はないだろう
しかし、僕たちが歩いている間もヒソヒソ、ザワザワと貴族たちがジロジロ見てくるので気が散って仕方がなかった
「なぜこんなに人がいるの」
「ノア君は珍しい編入生だからね。皆気になっているんだろうね」
それ以外にもあると思うが、ルイスは空気を読んでそこは言わなかったのを、僕も察することができた
だが、にしてもあまりに集まりすぎだ
たかがオメガ1人を眺めるのがそんなに面白いものなのか。
アルファだらけの学園だと聞いていたのに、こんなくだらないことに時間を費やすなんて、と思い、僕はつい口を滑らせてしまった
「ふーん、よっぽど彼らは暇なんだね。見るからにおつむが悪そうだけど、ここの学業は彼らが暇を持て余すほど簡単なのかな」
僕がそう言った途端、先ほどまでザワザワとうるさかったはずの貴族たちが一斉に静まり返る
その中にはキッと僕に向かって睨みを利かす者や、顔を真っ赤にして怒る者もいた
その姿はあまりに幼稚で、少なくともアルファには見えなかった
「ノア様、お言葉がすぎますよ」
「あ、ごめんよグレン、なんせ僕は"箱入り"なものだから加減がわからないんだ」
そう言って僕は周りの貴族どもを一瞥してニヤリと笑う
隣のグレンはというと、僕を咎めたはずなのに目を細めくすくすと笑っていた
誰が見ても一目で馬鹿にしているのだとわかるくらい、あからさまに
「おやノア様、もうこんな時間です。お急ぎになった方がよろしいかと」
「おっとそうだった。なんせ僕らは彼らと違って時間がないからね。それじゃあ行こっか、ルイスさん」
「え、あ、ああ、そう…だね」
唖然として立ち尽くすルイスに声をかけるとハッとしたように僕から眼を離す
嫌われてしまっただろうか
程なくして3人は再び歩き始めるが、先ほどのように尾行してくる者は一人もいなかった
「やっと静かになったね。全く品性の欠片もない人たちだったけど、本当に貴族なのかな」
「ここで学ぶことは多そうですね、ノア様」
今だくすくすと笑っている二人を見ながらルイスはポツリと独り言のように言った
「…噂とはずいぶん違うな」
「噂?」
「あ、いや…」
まさか聞き取られるとは思っていなかったのだろう
噂と言う言葉に反応した僕に、ルイスはしまった、とバツが悪そうな顔をした
「気にしないで、内容は大体わかる。父親の脛齧りとか、甘やかされて育った世間知らずのオメガ、でしょ?」
「…ごめんね」
「別に気にしてないよ。それにあながち間違ってはいないしね」
「え?」
「現に外に出たのは初めてだからね、世間どころか右も左も分からないよ」
僕はルイスに向かって自傷気味に笑いながら言った
ルイスはそんな僕を見ながら不思議そうに首を傾げた
「それにしては落ち着いてるね。俺と同年代に見えるよ」
「まあ、色々あるからね…」
ルイスは少し俯く僕を黙って見つめている
どう声をかけたら良いのか分からないみたいだった
前世の記憶があるから精神年齢は君たちの倍ある、なんて言えないしなぁ
僕も何て言おうか迷った挙句、結局、黙ることによってその場を誤魔化した
「ここがノア君の部屋だよ。普通は2人1部屋だけど、ノア君を考慮して1人部屋になるよう校長が配慮してくれたらしい」
ルイスの言った通りそこそこ広い部屋には1人分の空白があった
きっとお父様が他の男と同室にならないよう手を回したのだろう
それにしても日当たりもいいし綺麗で落ち着いた部屋で、僕は安心した
まさかとは思うが、オメガというだけで迫害を受ける世の中だから、埃だらけの汚い部屋だったらどうしようかと心配していたのだ
「授業は明日からだし、今日はゆっくり休みな。明日また迎えに来るから」
「わかった。今日はありがとう。ルイスさん」
「…うん」
せっかく素直にお礼を言ったというのに、ルイスは素っ気なく返して早々と部屋を出て行ってしまった
「僕、彼に嫌われてる」
「ふふ、そうでしょうね。ノア様は少々性格に難がお有りですから」
「主人に向かって何て口を…」
そこまで言って僕はハッとしたように口を継ぐんだ
違う、グレンは監視役としてここにおり、主人は僕ではなくお父様だった
ああ、そうだった。ここには僕のものなど何一つもないのに、浮かれていたせいか勘違いしていたようだ
分をわきまえないと
癖になってからでは遅いのだ
次は間違えないようにしないと、と1人頷く僕にグレンは寂しそうに言った
「良いのですよノア様、今は貴方様が私の主人なのです」
「…グレン?」
先とは雰囲気の違うグレンの顔を見れば、何とも言えないような表情をしていた
口は笑っているのに目はものすごく悲観的に見えて
なぜグレンがそんな顔をするのか、僕には分からなかった
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