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第6話

————コンコン———— 「ノア様、おはようございます。お目覚めのお時間ですよ」 「………。」 「入りますよ、ノア様」 ガチャリとドアの開く音がする 僕はベッドの中でうずくまっていたが、グレンがカーテンを開き、次に僕のシーツを剥いだおかげで起きざるをえなくなる 「おはようございます。そろそろご準備しないと遅れてしまいますよ」 「………」 まだ目の覚めない僕は、グレンの言葉を右から左へと聞き流し再びウトウトとし始める 自分で言うのもなんだが、僕はすこぶる朝が弱い 前からそうだったが、ここ数年はとくに寝つきが悪く、いっそう朝が苦手となってしまった グレンは、もそもそと準備を始めるノアを手伝いながらも、ベッドメイキングをしっかりこなし、荷物もまとめる ————コンコン———— と、ちょうど制服に着替え終わったあたりで再びノック音が聞こえてきた 「おはようノア君、ルイスだ。そろそろ時間だけど、出れそう?」 「ん、ちょっとまって」 エリックが来たことで多少目が覚めた僕は、残り少しの準備をパタパタと終わらせドアを開けた 「お待たせ、ルイスさん」 「うん、もう大丈夫そう?」 「はい」 「ノア様、お忘れ物ですよ」 2人揃ったところで歩き出そうとした時、部屋の奥からグレンがリボンを待って出てくる ドアの前で立ち止まる僕に目線を合わせるように屈むと、グレンは丁寧にリボンを僕の襟に結ぶ きゅっと結び終わるとグレンは立ち上がり、その流れで僕の教材が入ったカバンもスムーズに取り上げられた 「では、行きましょうか」 荷物がなくなって身軽になった僕はルイスと並んで再び歩き出す 一歩下がった距離にグレンがついてくる が、ここの寮は僕らと同じ年代の学生、つまり13〜15歳しかいないわけだ その中で大の大人が子供2人に付き添っているとなるとかなり目立つ しかも、この学園は自分の侍従やメイドは連れて来ては行けないことになっているところ僕の場合、特例としてグレンを連れてきていたため余計に悪目立ちするのだ 「…グレン。着いてこなくていいから部屋戻ってくれる?」 「え、な、なぜですか」 「いや、なんか恥ずかしい」 「そんな!気にせずどうか教室までお見送りさせて下さい。それとも何かお気に召しませんでしたか?」 「だからいいって、もぉ〜うざいっ離してっ!」 わんわんと吠えるグレンに抱きつかれて僕は身動きが全く取れない ルイスに目線で助けを求めるが、本人もどうしたらいいかわからないようで、お手上げ、のジェスチャーをしていた そんな風に騒げば余計に人の視線が僕達に集まってくる 勘弁してよ、目立つの苦手なのに… グレンは僕から離れる気はないらしい 「感謝します。ノア様」 結局グレンは教室まで見送ると言い張ってらちがあかなかったため、ノア達は結局グレンと一緒に歩く羽目となった 今思えばグレンは僕の監視役としてついてきたのだから、離れるなんてことはない そのことを忘れていたわけではないが、これから毎朝、教室まで見送られると思うと頭が痛くなる そんなことを考えながら僕達は、初の授業を受けるため、ルイスの案内もかねて、教室へと向かっていた 「今日は新学期だから授業は難しい内容じゃないと思うけど、わからないことがあれば聞いてくれて構わないから」 「んー、多分大丈夫だと思う。学園は初めてだけど、勉強してないわけではないですから」 ルイスはきっと、僕のことを何も学んでこなかった箱入り息子だと思っているようだが、幽閉期間も離れでは個別で勉強していたからある程度の知識はあると思う まだこの学園の勉学レベルはわからないが、少なくとも低学年の授業に遅れをとることはないはずだ それに僕には前世の記憶があるし、理解力も人並みにはあるから、心配いらないよね 実際この世界の数式はわりと簡単で、日本の数学を勉強してきた僕にとってはそんなに難しいものではなかった 「それより僕は選択科目の方が心配だな。たしかルイスさんは剣術でしたっけ?」 「そうだよ。そういうノア君はもう決めたの?」 「いえ、まだ。今週は体験でいろんな授業受けるつもりだけど、来週には決めなくちゃならないらしいです」 そう、この学園は必修科目の他に選択科目も存在し、剣術、魔術、芸術と三つの学科に別れている これらの学科は入学時自分達で選べる仕組みとなっているが、大体の生徒は方針がすでに決まっており、その一つを極めていくらしい だがノアはいかんせん編入生として途中から入ってきたため学科はどう言うものなのかあやふやで、内容はいまいちわかっていない そのため学長が気を使って1週間の体験期間を設けてくれたのだ 「明日は剣術の授業に行くつもりだから、ご一緒しても?」 いくらノアが図太い性格といっても新しい空間に1人で放り投げ慣れるより、最初は誰かと一緒がいいと思ったのだ 「剣術…こう言うの失礼かもだけど、その、ノアには向いてないと思う」 「剣術が?」 「うんまぁ、結構ハードだし…オメガには辛いかもしれない」 ルイスはノアの体格を見て、もそもそと答える つられてノアも自分自身の体を見る 細い腕や足には筋肉など全くついておらず、あまり食べないせいで肉すらついていない 「で、でも、何かと挑戦だよね!」 「………」 わかりやすく落胆するノアを見て、慌ててフォローする言葉をルイスは言う 対してノアは別に傷ついたわけではなかったが、ルイスの反応を見て、いかに自分が運動をしてこなかったのかを改めて理解する アルファは皆身長が高く、力も強い 対してノアはオメガで、全く運動をしてきていない そんなノアがアルファのための剣術の授業など、ついていけるわけもないのだ 前世では動くのが好きだったけど、考えが甘かったな… 黙るノアにルイスは焦ったのか、何か言いたげにしていたが、別にルイスが悪いわけでもないし、むしろ心配してくれて言ってくれたのだから、お礼を言うべきなのに 「別に大丈夫。事実ですし」 「ま、まあ一度やってみるのもいいと思う。学科の選択は自由だからな」 「そうですね。ありがとうございます」 「………」 気にしてない、と言うふうにルイスを見てニコリと笑ったが、ルイスはなんとも言えない顔をしてすぐに目を逸らされてしまった その後、初日の授業はオリエンテーションということで難しい内容をしなかったため、特に問題もなくあっさりと終わると、ルイスに昼食を誘われ、昨日は行けなかった食堂に向かった ちょうど昼時のため食堂は混んでいたが、さいわい席は空いていたので座ることができた 「窓際はどうですか?ちょうど空いてる」 「あ…あそこはやめた方がいい。この学園の上流貴族の団体が、あそこ一体を締めてるんだ。座ってしまったら絡まれるから厄介なんだ」 「ふーん、だからみんなあそこを避けてるんですね」 別に驚くことはなく、前世でも学校ではスクールカーストはあったため、あるんだなぁ、くらいにしか思わなかった その場を離れてルイスと別の席に座り、昼食をとる 「本当にそれだけで足りるの?」 「ええ、まあ」 ルイスは信じられない、という驚きと心配が入り混じった視線をノアに向けたが、それ以上は何も言ってこなかった ルイスも先輩らしく、ノアに気を使ってくれているらしい ノアにとってはとてもありがたいことだ 午後は授業がなく、食事を済ますとそのまま解散という形で2人は別れた 部屋につくとドッと疲れが押し寄せてきて 「お帰りなさいませ」 いつのまにか現れたグレンをよそに、ノアは一直線にベッドに倒れ込んだ 「初めての授業はいかがでしたか?」 「疲れた、少し寝る」 「承知しました。ご夕食ごろにお伺いします」 パタリとドアがしまり、グレンが部屋から遠ざかる気配を感じながら、うつらうつらと目をつむる なんだか酷く疲れたような気がした 授業以外には何もしていないと言うのに 明らかに体力が落ちている たった半日しか動いてないと言うのに、まるで一日中走り回ったかのような疲労感だ さすがにここまでとはおもっておらず、ノア自身も驚いていた 「どうにか…しな…きゃ」 色々考えているうちに睡魔が一気に思考を奪う ノアは眠気に争うことなく眠りに落ちていった

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