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第7話

目の前には暗闇が広がり、手探りに辺りを触ってみても何もない ああ、まただ またこの夢だ 僕はすぐにこれは夢の中だと気づいた ここ数年、僕の睡眠不足の原因となっている忌々しい夢 それは父親に小さな暗闇に閉じ込められたあの時の光景が、鮮明に映し出される 埃っぽく、ジメジメしている不気味な部屋だ こうも暗いと人間とは勝手に想像してしまうもので、部屋の隅に気配を感じるだとか、皮膚を虫が這っている気がするとか… ぞわぞわとした感覚が四肢を巡っているような気がして、次第に音も聞こえてきてしまう 冷や汗が止まらなくなり、這いずり回る虫を引き剥がそうと体中を掻きむしる 次第に皮膚が赤く、所々に血が滲んだところで、ようやく目が覚めるのだ 「……っ!はぁ、はぁ」 無意識のうちに息も止めてしまうのだろう 目が覚めるときは必ず飛び起きるようにしかならず、汗もびっしょりで毎回最悪の目覚めだ こんなことが数年も続けば流石に慣れてくるのが人間だろうが、できるならばこんな記憶など消してしまいたい そして前のように安眠できる日々を取り戻したい だが、そんな小さな事ですら、ノアは叶えることができなかった 当時僕は幼く、たとえ中身が高校生だったとしても、幼児の体はとても弱く、飲み食いも最低限しかさせてもらえなかった 今思えば、這い寄る虫どもは、想像や妄想というより、衰弱による幻覚なのではないかと最近になって思い始めていた とにかくそんな出来事は、見事にトラウマとなってしまい、眠りにつこうとすれば、毎回この夢を見るようになってしまった おかげで長時間の睡眠を得ることができず、寝ては起きてを短時間で繰り返し、限界がくれば気絶するように眠りにつく 我ながら不健康極まりない 「ノア様、入ってもよろしいですか?」 「………」 「入りますよ」 物音でノアが起きたことに気づいたのか、目覚めてすぐにグレンがドアをノックし、許可もしていないのに勝手に部屋に入って来た 「汗をかいておられますね。食事の前にご入浴なされますか?」 「うん、そうする。食欲ないから食事はいらない」 ぶっきらぼうに言ったが、グレンはその言葉を却下するように返す 「いけません。お召し上がりになってください」 「いらない、どうせ残すだけだよ」 「いえ、ご用意いたします」 僕も負けじと、グレンに食事の必要性の無さを伝えるが全く聞く耳を持たないグレンは、食事を取りに部屋を出て行った わざわざ止めに行くのも面倒な僕は、グレンを無視して入浴の準備をする この学園は大浴場の他に、部屋にもバスルームがついているためありがたい 服を脱ぎ捨て浴室に入る グレンが用意したのかいつのまにか湯が張っており、体を洗った後すぐに入ることができた 熱さもちょうどよく今日の疲れをじっくり落とすように肩まで浸かった やはり風呂はいい 大浴場には温泉もあると聞いていたため行ってみたいが、オメガ的に難しいだろう 深夜の誰もいない時間に行ってみるのはどうか。 そうすれば人もいないしゆっくりできるはず。 ノアは湯に浸かりながらのんびりとそんなことを考えていた 体がいい感じに熱ってきたため、のぼせないうちに僕は風呂を出る ドアを開けると脱ぎ捨てたはずの制服はなく、そのかわりきっちりと畳まれた着替えがあった それを着替えて浴室を出ると、やはり食事の準備を済ませたグレンが、待ってました、と言うように椅子を引いて立っていた 「ノア様、こちらに」 「…いいって言ったのに」 言いながらも引かれた椅子に座ると、グレンは満足気にグラスにジュースを注ぎ始める 一方僕はフォークを持ち、メインのチキンに手をつけようとしたが、やはり食べる気にはならず、結局スープとサラダをちょっとつまんで終わりにした もっと食べろ、と怒られるかと思ったが、グレンは食事を強要することなく、すぐに皿を下げていった 毎回残して勿体無い、と日本人心が働くが、無理に食べて後に苦しくなるのも嫌だ そのため食気がないときは食事は用意しないようメイドに言って、メイド達もその命令にしたがっていたが、グレンはそうはいかないらしい 「これから少しずつ、食べる量を増やしていきましょう」 「………」 余計なお節介だな だが言っても聞く耳を持たないだろう 残された料理を片付けるグレンを他所に、僕は自分のカバンから何冊かの本を取り出す それなりの分厚さのある本を抱えてベッドに潜り込めば、またもやグレンが口うるさく言った 「もしや、それを今から全部お読みになられるんですか?」 「まあね」 「明日も授業があります故、なるべく早くお休みになって下さい」 「わかってる」 とは言うものの、すでに僕の意識は本の中に入っており、ほとんどの会話は右から左に流れていく つまり話などさらさら聞いていない 相槌も適当についただけだった 「後ほどまた伺います。それまでにお休みになられていなかった場合、私が子守唄を歌ってあげますからね?」 「はいはい、早く出てって」 「私は言いましたからね」 結局、本に没頭する僕は眠れるはずもなく、後に訪れたグレンによって全ての本を没収されてしまったのは、言うまでもない

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