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第8話
「只今より、剣術の授業を始める」
教師が前に立ち声を出した途端、ざわついていた生徒は一斉に静まり返る
今日は待ちに待った、とまではいかないが、僕が密かに楽しみにしていた剣術の授業だ
剣術など、男のロマンそのものだ
中学の修学旅行に木刀を買って母親に怒られた思い出が頭をよぎる
前世でも、今世でもかっこいいものはかっこいい
もし、剣が使えたら。もしくはムキムキになれたら。
そんな期待に胸を躍られせていた
「まずは準備運動に訓練場を10週だ。休み明けだからと怠けるんじゃないぞ」
そう言われて生徒達は嫌そうにしながらも走り始める
高学年は10週、低学年は8週走るらしい
剣術、魔術、芸術から一つを選べるこの学科は全学年合同で行う
簡単に言えば大型の部活動と同じようなものだ
前世では帰宅部だったので部活動はやったことがなかったが、だいたい内容や雰囲気くらいは知っている
ちなみに僕は低学年のため走るのは8週だ
こっちの世界では過度な運動は禁止されていたため長距離走は久しぶりだ
体慣らしのために僕もルイスについて走り出そうとしていると、1人の教師が声をかけてきた
「ノア君、君は今日初めてだから走らなくていい」
「?いえ、走ります。新入生の子も走ってますし、僕だけ走らないのはよくないかと」
いきなり話しかけてきたかと思えば、そんなことを言う教師に疑問を浮かべる
早く走らないと皆に遅れをとってしまう
早速走り出そうとするが、再び教師に呼び止められた
「あー違う違う。君は走らなくていいの」
「えっと、何故ですか?」
「うーん…実は君のお父様から過度な運動を控えさせるよう言われてるんだけど」
あんのクソ親父!!
いったいどれだけ僕を束縛すれば気が済むんだ
父の存在があると知って、ふつふつと湧き上がる怒りを感じるが、ここで怒っても仕方ない
2、3度深呼吸して怒りを収めていると、その間にも教師は続けて言う
「それに君、オメガでしょ?困るんだよね。君みたいな子がいると」
「…はい?」
「オメガがアルファの運動量に着いて来れるわけないだろ?少し考えればわかるのに。やっぱり見学にした方がいいと思うけど」
「………」
つまり、何だ?
お前がいると邪魔だから空気読んで端で突っ立って見てろってことか?
何を言ってるんだこいつは
小馬鹿にするように言った教師を僕は睨みつけるが、それを見た教師はなんでもないようにニヤリと笑う
今までこんな直接的にオメガ差別を言われた事はなかったが、思ったよりもムカつくものだ
思えば訓練場に入ったときから教師達の目線が妙に刺さったが、そういうことだったのか
怒りに俯き拳を握りしめるが、その姿さえも教師からしたら滑稽にしか映らない
今にも怒鳴りたい気持ちでいっぱいだが、なんとか平常心を保ち、教師に向き直る
「…いえ、見学は結構です。ですが確かに僕は運動不足なので5週だけにしときます。それくらいならいいでしょう?」
「まあ、好きにすればいいさ」
「ありがとうございます」
僕が強めに出ると、教師は面白くなさそうにしながらも許可を出した
やっとのことで解放された僕は、さっそく皆んなに追いつくべく走り出す
高校時代は体育の授業で校庭を10週も走っていたのだ
5週など造作もないはず
すでに3週目に入るルイスを見つけて僕もスピードをつけて走った
「はぁっはぁっ、ん、はぁっ」
「ノア君大丈夫?水いる?」
正直、舐めていた
前世では人並みに運動ができていたはずなのに今ではどうだ
1週目はなんとか完走できた。だが2週目以降はどんどん息が上がり、5週目に入る時にはほぼ死にかけだ
先に5週と言っておいてよかった
さっきは大口叩いて自信気にしていたくせに、この程度で限界が来るなど、なんて無様だ
13年間運動しないとこれほどまでに体力が落ちてしまうのだと、身をもって体感する
息を整えるのに必死な僕の背を、15週走り終わったルイスが、涼しい顔で撫でてくれる
惨めだ、すごく惨め…
周りの生徒も僕の顔をジロジロ見てくるので、熱が集まる顔は相当赤いはずだ。恥ずかしい。
あまりの体力の差に泣きそうになるが、ここでめそめそするわけにはいかない
次はついに剣を握るのだ。とは言え訓練用の木剣だが。
学年ごとに分けて行うらしく、2年上のルイスとは別れてしまったが、授業の雰囲気はわかったので、もう1人でも大丈夫だろう
早速1人1本の木剣を渡される
僕の元にも先の教師が木剣を持ってくるが、手渡す瞬間、教師が驚愕の言葉を放ったのだ
「ノア君。君は剣術のなんたるかを何もわかっていない。私が教えてやろう。私と模擬戦をしたまえ」
「僕がですか?」
「ああ、皆の手本にもちょうどいい。さあ、剣を受け取るんだ」
「………」
教師はそう言ってニヤニヤしながら木剣を僕に突き出す
皆の手本?
つまり、全生徒が見ている中、初心者の僕が教師にボロ負けにされるということか?
そんなのただの見せ物じゃないか
完全に嫌がらせだ
ぷちんと頭にきた僕は気づけば口を開いていた
「…失礼ですが、僕でなければならない理由はありますか?」
「言っただろう?私自ら教えてやろう。お前のためにやっているのだ光栄に思え」
「なるほど、僕のためですか…。
辞退します」
「…は?なんだと?」
「辞退します。貴方に教えて貰いたいなど、微塵も思いませんから」
そう言うと僕は突き出された木剣を受け取ることなく突き返す
全生徒が見ている中、まさか口答えすると思っていなかったのか、教師は激情したように声を荒げた
「ふざけるな!!人の好意をなんだと思って…」
「ですから結構です。何故そこまで僕にこだわるのですか」
「そ、それはだな…」
「先生、もしかして…僕に惚れちゃいました?」
「なっ!?」
僕がそう言った途端、辺りがざわつき、僕に向けられていた視線は一斉に教師に移り変わった
「ち、違う!断じてお前に惚れてなど」
「その焦りよう、図星ですか?ああ、いいですいいです。僕ってほら、可愛いですし、ちょっかい出したい気持ちもわかりますよ」
ニヤリと僕が笑う
焦って教師が訂正するが、返ってそれがより怪しくなり信憑性が増した
確かにこの教師は僕に惚れてなどいない。ただおちょくりたいだけのはずだ
だが、ノアを選んだ理由を言えない最中、オメガのノアに欲情してしまったからと、それらしい理由があれば人は容易に信じるものだ
本人が違うと言えど、ここにいる生徒側がそう思えば、勝敗はそれだけで簡単に傾くのだ
この教師は見るからに生徒から嫌われている。そんな奴が生徒に欲情するなど、生徒側からしたらこんなに面白いことは他にない
早速会話のネタにしているのか、端々からコソコソと話す声も聞こえてきた
それを聞いた教師はまた焦ったように言った
「違うと言っているだろっ!くそっ、模擬戦はもういい」
「そうですか。では、最後に一つ」
「まだあるのかっ!?」
そそくさと退場しようとする教師を呼び止めると、イライラしながらも立ち止まって振り返る
「これは僕の意見ですが、授業に私情を持ってこないでください。魂胆がバレバレなんですよ、みっともない」
「なんだと!?」
「僕は素人ですから、あなたの剣術がどれほど優れているか知りません。が、あなたも貴族がなんたるかを知らないようなので、僕が教えてあげます」
そこまで言って僕は息を整え、再び教師に向き直る
それまでニコニコと笑っていたノアの顔から笑顔が全く消えたのが、よほど効いたのか教師は黙り込む
そうだ。僕は怒ると怖いんだぞ?
「あなたの相手は生徒だろうが、子供だろうが…オメガだろうが貴族は貴族です。僕以外にもこんな態度をとるのかは知りませんけど。
あくまで素人の戯言です。気にしないでください」
「………」
「やはり僕は剣術には向いていないようなので早退させていただきます。ありがとうございました」
「お、おい、待て!」
止める教師に構わず出口に向かう
今まで黙って見ていた他の教師達もおどおどし始めるが、もう僕には関係ない
去り際にルイスの元へ向かい
「お騒がせしてすみません。僕はもう帰りますね。授業、頑張ってください」
「あ、うん…なんか、ごめんね」
「なぜ先輩が謝るんですか。とにかく、今までありがとうございました。また機会があればお話させてください。では」
そう言って足早に訓練場を後にした
ドアを潜れば外で待機していたグレンに遭遇する
「お帰りになりますか?」
「うん、もういいや」
来た時とは正反対に、全く剣術に興味がなくなってしまった僕は、グレンを連れて自分の部屋に向かう
やってしまった…
いくら頭にきたとはいえ、教師に口答えした挙句、逃げるように早退してしまった
同じ生徒相手ならまだしも、初授業であんな態度をし、酷く悪目立ちしてしまった
これは必ず父の耳にも届くだろう
しかも外で待機していたグレンも聞いていたはずだし、どうせあの教師も父にチクるだろうな
問題を起こすなと言われたはずなのに入学早々やらかしてしまった
父になんと言われるだろうか
まさかこれで退学にはならないだろうか
今のノアは剣術どうこうより、父にバレたらどうなるかの方が気になって、内心酷くドキドキしていた
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