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第14話
この学園に通って約1ヶ月が経った
授業も遅れを取らず、模擬テストのあれ以来、平均的な偏差値を調べてそれに合わせるようにしている
おかげでアルファ達には、ギリギリ授業に着いて来れる、ちょっとばかし頭の良いオメガ、という風に思われているらしい
アルファとはプライドが高い生物だから、オメガが同等、それ以上の知性を持ってしまうと特に攻撃的になることは目に見えていた
だがノアはそれを見越して少しレベルを下げているため、目をつけられることはなかった
もちろん令嬢たちから多少の嫌がらせはあったが、そこら辺は前世の小中高で人間関係を理解しきっていたため問題ない
ノアはこのアルファだらけの学園でも、難なく過ごすことができていた
「綺麗だな」
「ご機嫌でございますね。ノア様」
「うん。見て、やっと花が咲いたんだ」
午前授業が終わると、人通りの少ない通路から外れた小さな花壇の前にしゃがみ、花を見ながらグレンと雑談をしていた
午前授業後は学食に行く前に、ルイスとここで待ち合わせることにしているのだ
食堂は人が1番集まる場所であり、特に絡まれやすく1人では危ないと言う理由から、ルイスが提案してくれたのだ
少し気にしすぎと思いはしたが、せっかくの親切を無駄にしたくなくてルイスの言う通りここで待つようにしている
「あら、あれが噂のオメガかしら?」
「あんなところで花なんかイジって、まあ、はしたないこと」
「なぁあれ見ろよ。一丁前に貴族みたいな身なりしやがって」
「従者も連れて生意気だな。俺らは許されないってのに」
通路から丸見えのこの場所は人通りが少ないとは言え、お昼時になると通行量も増える
アルファどもはノアを見るなり蔑み、罵倒する
だがノアはこれっぽっちも気にしない
なんせノアは彼らより精神年齢がずうっと上だ
子供の戯言に耳を貸すほど幼稚ではない
むしろ愚かなのは自分達であるということに早く気づいて欲しい
あからさまに弱者を蔑む行為など、自らの品を下げているようなものだ
まあ思春期なアルファは特にプライドが高い
彼らのような存在は無視するのが1番なのだ
ノアは気にすることなく、咲いたばかりの花に顔を近づけると、すんっ、と鼻を鳴らした
「…いい匂い…」
「お前はまた、こんなところにいるのか」
花の純粋な香りを楽しんでいると、後ろから聞こえてきた声にノアはピクリと肩を揺らす
後ろの人物と言葉を交わすのが嫌過ぎて、振り向くことを躊躇したが、相手はそれを許してくれない
「おい、無視をするな」
「…ご機嫌よう、アラン兄様。僕に何かご用で?」
「裾が汚れている。風紀を乱すな。貴族らしく振る舞え」
ノアが後ろを振り向くと、そこにはノアの兄、アランがそこに立っていた
アランに挨拶すべくスッと立ち上がり緩やかに腰を曲げ礼儀よく挨拶するが、アランはそんなノアにぐちぐちと文句を言い始めた
やれやれ、また始まった
模擬テストの一件があり、もう彼とは関わることはないと思ったのだが、何故かアランはその後、ちょくちょくノアの前に現れては、このように小言を言ってくるようになった
最初は廊下ですれ違うくらいだったのに、最近はこうやって話しかけてくる
その度に何かと文句を言われるので、ノアは鬱陶しく思っていた
「あぁ、失礼しました」
「お前はヴァロワ家としての責任感が全く足りない」
「はぁ…。」
「そのうち勘当されても知らないぞ」
「ですから僕は…いえ、これは前にも話しましたね」
そのために学園に来た、と言おうとして、傍のグレンをチラリと見てやめた。
グレンはノアの監視のためにここにいる
父の元を逃げ出そうとしていることがグレンにバレたなら、グレンは父に報告せざるを得ない
そのためグレンにこのことを悟られてはいけないのだ
ノアの反応を見て、アランも意味を理解したのか、ハッとした顔をして口を継ぐんだ
しばらくお互い何も話さない気まずい時間が続く
グレンはというと、その場には似つかわしくない、にこやかな笑顔で2人を見守っているという、なんともシュールな光景だ
用が済んだのであれば、早く立ち去ればいいのにとノアは思うが、アランはその場に留まり続けていた
「…あの、まだ何か?」
「…食事は、いつも学食で済ませているのか?」
「ええ、まあ」
「1人でか?今日はまだなんだろう?なぜこんなところで油を売っているんだ」
「いえ、僕は…」
突然アランは尋問のようにノアを質問攻めにしてきてノアは困惑する
一気に聞かれたことに、すぐに訂正しようと口を開いたが、アランの後ろから見慣れた人物が近づいてくるのが見えた
「1人ではありません。彼を待ってました」
「彼?」
「ごめんノア、待たせちゃって…あなたは生徒会の…」
「誰だお前は」
ノアたちの前に小走りで現れたルイスを見るなり、アランは不機嫌に顔を歪めた
一方ルイスはアランに睨まれ、慌てて頭を下げた。
ノアとは普通に接するが、アランとなると立場が違う。ヴァロワ家は王族の次に地位の高い存在であり、付け加えるとアランはルイスの一つ上の学年だ
学園内では地位や爵位は関係ないとは謳っているが、そうはいかないのが貴族社会
多少の敬いや礼儀は必要だ
「失礼しました。私はルイス・アシュフォードと申します。」
「…アシュフォードだと?」
「お兄様、そろそろよろしいですか?僕らはこれで失礼します」
ルイスの名を聞き、何か言いたげにしているアランを見て、ノアは慌てて2人の間に入って言った
最近はノアにいちゃもんをつけるアランが、ルイスにまで小言を言い始めるのは好ましくない
これ以上アランの機嫌が悪くなる前に、さっさと退散しよう
「行きましょ、ルイス先輩」
「待て」
ルイスの手を取り、その場から離れようとすると、アランに声をかけられた
これ以上話すことはないだろうに、と思いながらもノアは後ろを振り向いた
アランは機嫌悪そうに眉を顰め、ノアの反応により一層顔を歪めた
「まだ何か?」
「…いや、いい。グレン、話がある」
「はい、何なりと」
鬱陶しそうに振り返ったノアを見て、アランは開きかけていた口を閉ざすと、結局諦めたのか今度は傍にいたグレンに声をかけた
グレンはノアと離れていた間、アランの指導も担当していたため、2人の認識はノアよりも深い
何か2人で話していたが、ノアはその場に留まる気にはなれず、ルイスを連れて食堂に向かった
「いいの?待たなくて」
「そのうち来ますよ。どうせ僕らは食堂にいるんだから」
後ろから何か視線を感じたが、ノアとルイスは無視してそのまま向かった
食事を食べ終わる頃にはグレンは戻ってきて、いつものようにノアの傍に立っていた
何を話したのか気になりはしたものの、まるで何もなかったかのような顔しているのでその気も失せた
「お兄さんとは仲がいいの?」
「よくわからない…最近よく絡まれるんだよんね。あの人、苦手だから本当は嫌なんだけど」
ノアは飲み物を仰ぎながらルイスに言った
最後の方はほとんど独り言で、小さな声だったが、ルイスはこぼさず聞いてくれた
「ノアが弱気なんて、珍しい。いつの間にかタメ語だし」
「…すみません」
「いや、嬉しいよ。できればそのままでいいのに」
「いやです」
「はは、いやかぁ」
ルイスは苦笑するが、ノアはそれを見てムッと顔を顰めた
この人といると調子が狂う
ノアは貴族相手には必ず敬語を使うようにしているが、ルイス相手にはなぜか気が緩む
時々自分も知らぬ間に敬語が外れてしまうのだ。気をつけなければ
「午後は芸術の授業だよね。頑張ってね」
「はい、あ!あの…先輩に頼みがあるんですけど」
食事が終わって解散といったところで、ルイスは珍しくノアに呼び止められた
ノアはあまり人に頼ろうとしないので、頼み事をされるのはこれが初めてだ
ルイスは驚きながらも、ノアの話を聞くために立ち止まった
「どうしたの?」
「えっと、いつでもいいんですけど…今度僕に剣術を教えてくれませんか?」
「えっ、」
「…あ、あの、無理ならいいんです。ほら僕、この前やらかして剣術学科には入れなかったけど、やっぱり剣術、やってみたいな、と」
ルイスの困惑した様子を見て、ノアは取り繕うように慌てて言った
「あっ、うん、もちろんいいよ」
「ほんとですか?嫌じゃないですか?」
「嫌だなんてそんな。ただ少し驚いただけだよ、ノアが俺を頼ってくれたのが嬉しくて」
「頼める知り合いが、先輩しかいなくて…」
「いつでも頼ってよ。俺で良ければ付き合うよ」
そう言ってルイスはノアに向かって微笑んだ
なんて優しいのだろう
ノアは目の前の人物が神か仏に見えた
剣術には昔から興味があったが、この前のことで、剣術に触れる機会がめっきりなくなってしまっていたので、心残りでもあったのだ
前々から言おう言おうと思っており、なかなか言い出せずにいたが、こんなにあっさりと受け入れてもらえるとは思わなかった
ノアは嬉しさと気恥ずかしさから、指をもじつかせながらもルイスに向き直った
「んふ、えへへ…ありがとうございます…」
嬉しさのあまり変にニヤつき、照れ笑いのようになってしまったが、ノアはルイスに向かってお礼を言った
瞬間、ガヤついていたはずの食堂が、シンと静寂に包まれた
「……?」
何事かとノアは辺りを見渡すと、その場にいた生徒の全員がノアの顔を見て静止していた
男女関係なく、皆がノアを見ている
もちろん生徒だけでなく目の前のルイスもポカンとした顔で、グレンでさえ目を見開き固まっていた
その場の全員が、ノアに注目していたのだ
気づいた瞬間、ノアの顔から笑顔はスッと消えた
なぜみんなノアを見るのか
何か変なことをしただろうか
もしかして今の顔、相当キモい顔だったんじゃ…
ノアは俯き色々考えたが、思いつく理由などそれくらいしか思い当たらない
恥ずかしさからか、ノアの顔はどんどん赤らんでいった
「…ぼ、ぼくもう行きます」
「あ、ああ…また明日…」
ノアはいても立ってもいられず、ルイスにそう言うと逃げるようにその場から立ち去った
はっとした様子のルイスは慌ててノアにそう言ったが、周りの視線を気にしていたノアに、はたして聞こえていたかどうか
グレンはというと、すでにいつも通りの様子に戻っており、何にもないような顔をしてノアの後について行った
その場にいた生徒たちは、しばらく誰も話そうとはせず、静寂が続いた
ノアの姿が見えなくなったあたりで、誰かがやっと呟くように言った
「天使みたいだ…」
静かなその場では呟き程度でも皆の耳に届くほどよく響いた
残されたルイスは惚けたようにぼーっとその場に立ちすくんでいた
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