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第4話:淫乱サラブレッド
冬真の示した画面には、セクシーなポーズの美女が映っていた。
FANZAの動画ダウンロードページのようだ。
タイトルは、「女教師の誘惑―放課後の絶頂特別指導―藤姫桃香最新作!」となっている。
冬真の母親なんだから、どう考えても30代半ば以降のはずだが、とてもそうは見えない。
女教師らしく教室の机にまたがっており、胸元がぱっくり開いてブラジャーがはみ出したワイシャツから、豊かなおっぱいがこぼれだしそうに見えている。
ぷっくりした唇で、教鞭を舐めるポーズを取りながら、並行二重なのに吊り気味の濡れたような瞳で、悩ましい視線を画面のこちら側に向けている。
「……冬真に似てるね」
冬真のイケメンは、父親じゃなくて母親譲りだったのか。
塁さんは、彫りの深い西洋風のイケメンだけれど、お母さんも冬真も、香港映画の女優さんのような、吸い込まれそうな東洋風の美形だ。
「ところで、どこが笑うところなんだ?」
俺が言うと、冬真は意外そうな顔をした。
「母親がAV女優だって言うと、たいていの奴は爆笑するんだよ。『ウケ狙い』で言ってると思って」
そうなのか。
「いや、全然笑えないと思うけど。そりゃAV女優さんだって、結婚したり出産したりもするだろ」
俺は当たり前のことを言ったつもりだったが、冬真は、
「そうか……。朔太は優しいな」
と微笑んだ。
「仕事柄、俺を出産したことは公式には秘密になってるんだ。物心ついた時にはすでに離婚していたし、親父も、母親のことは言わなかった」
へえ、じゃあ冬真は母親が誰か知らないまま育ったのか。なんか気の毒だなあ。
「親父もヤリチンだけど一応常識はあるから、人妻には手を出していなかったんだけど、それでも小学生の時、親父を巡って同級生のママの間で痴情のもつれが発生してさ。片方の家のパパが、俺の家に殴り込んできたんだよ」
塁さんくらい美しかったら、痴情のもつれが発生してしまうのも、やむを得ない気がするが、大変だったんだな……。
「運悪く親父は留守で俺しかいなくてさ、相手のパパが俺に向かって『この、淫乱サラブレッド!』って言って思いっきり平手打ちしてきたんだ」
ひょえ~~~!! 子供に罪はないのに、なんていうことをするんだ!
しかし「淫乱サラブレッド」ってすごいパワーワードだな。
「帰って来た親父に、その時初めて、自分の母親がAV女優であることを聞かされたんだよ」
それは、ショックだっただろうな……。
「相手は、探偵とかに調べさせて知ったんだろうな。次の日学校に行ったら、日直として黒板に書かれていた俺の名前に、矢印をつけて『いんらんサラブレッド』ってデカデカと書いてあった」
「うわぁ……」
「それから、みんなに無視されるようになった」
冬真は淡々と話す。
「冬真のせいじゃないだろ!」
思わず大きな声が出てしまった。
「うん。でも、自分が何か悪いことしたんじゃないかと思った時期もあったよ。それからは、俺は親の話は、『ギャグ』として話すようにした。皆ウケたね。『マジで~? ギャハハ』『本物のサノバビッチじゃん』みたいな」
冬真は顔色も変えずに淡々と話しているが、俺は、ウケるどころか悲しくなった。
「笑わなかったのは、朔太だけだ。朔太は優しいな」
「だって冬真は何も悪くないのに、ひどいじゃん。笑うところじゃないよ」
「変な話してごめん。お弁当食べようぜ」
しゅんとした俺に、冬真は弁当箱を持ち上げて笑いかけた。
冬真のお弁当はどれも美味しくて、あっという間に平らげてしまった。
「デザートもあるからな」
冬真が、エコバッグの中から紙袋を取り出した。
「おおっ! やったー!!」
中には、ちゃんと透明なラッピング袋に個包装されたクッキーが入っていた。
「これ、もしかして塁さんが作ったの?」
「いや、俺」
お菓子も作れるのか! すごいなあ……。
うまい、うまい。
ついついもしゃもしゃ食べてしまう。
「アイスティーも作ってきたぞ」
冬真そう言って、紙コップにマグボトルからアイスティーを注いだ。
「これすごいクッキーに合う!」
ファミレスのドリンクバーでしかアイスティーを飲んだことのなかった俺は、感激して叫んでしまった。
お茶っ葉のすごくいい香りがする。なんかよくわからんけど、渋い味でも苦い味でもないおいしい味がする。これが紅茶そのものの味なのか。
「すごい……。冬真ってすごいなぁ」
ついキラキラした目で見てしまった。
すると冬真は、俺の目を見て微笑みながら、
「まあ、つきあってるわけだからな。言っただろ。大切にするって」
と言った。
──!!
ぶはっ! と俺は紅茶とクッキーを吹き出しそうになった。
そういえばそうだったんだ……。
しかし、よく恥ずかしげもなくそんなことを、真正面から顔を見て言えるな……。
「あの……その……つきあうっていう話だけど……。冬真は、俺の何がいいんだ?」
そう、これは一度確認しておきたかったのだ。
俺は冬真のように高身長イケメン(学校では隠しているけど)でもないし、料理もできない。勉強も別にできない。
なのになんでそんなに俺とつきあいたいんだろう。
「朔太は明るくて素直で人気者だ。教室で朔太が話していると、みんな笑顔になる。でも、誰かが行き過ぎた悪ふざけをすると、ちゃんと『やめろよ』とか言ってるだろ。そういうのを見ていて、朔太なら、俺の母親の話をしても、笑わないと思ったんだ」
まあ確かに、デブいじりとかブスいじりとかする奴いるよな。俺そういうの嫌いなんだよ。
冬真は真顔で続けた。
「それから顔がかわいい。茶髪が寝ぐせでボサッとハネてるのも、やんちゃっぽくキラキラ輝く大きな瞳に合っている。テニス部で鍛えているから細身でスタイルがいい。ユニクロで適当に買ってきたような服が、朔太が着ると、まるでものすごいおしゃれな服のように輝きだす」
──は、はあ……。かわいい、か……? しかしユニクロで適当に買ってきた服って当たってるし、よく見てるな。
「朔太は太陽だ。朔太がいると、世に光があふれ、植物は光合成を始め、太陽光パネルも発電を始める。世に酸素があるのは朔太のおかげだ」
「ええええええ!?」
いやさすがに大げさだろ。
「俺には朔太が必要なんだ」
「……!」
冬真のまっすぐな視線が、俺の心臓を打ち抜く。ドキドキしてきた。
なんか俺、告白されているみたいじゃないか……。
いや、されてるんだよな……。どうしよう……。
冬真は俺の手を取り、両手で包み込んだ。
そして、じっと見つめてくる。
俺の目を。
俺だけを。
冬真の大きな二重の目に映った俺の顔は、真っ赤になっていた。
冬真は、両手で包み込んだ俺の手を顔のすぐ下の位置まで持ち上げ、片手だけ離すと、手の甲にキスをした。
おとぎ話の騎士がお姫様にやるみたいなやつだ。
「ひょわわ……っ?」
俺は思わずうわずった変な声を出してしまった。でも手はなぜか振りほどけない。
「嫌だった?」
冬真は上目遣いで訊く。
「い、嫌じゃないです……」
うわあ、なんてことだ。
俺は男で、冬真も男なのに、こんな気持ちになってしまうとは……。
お昼を食べ終わった後は、池の中を自由に飛び回るワオキツネザルを見たり、爬虫類館を見たりして、普通に楽しんだ。
チューされることも、手を握られることもなく、友達同士のように遊び、駅で解散した。
しかし、冬真にキスされた左手は、なぜかキスされた手の甲と、冬真の手が触れた手首のあたりがズキズキしたままだった。
──あいつ、本当にサラブレッドかもしれない……。
俺は左手の甲を右手で包み、ぎゅっと抱きしめた。
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