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第8話:キスは一回に何回しますか

 その晩俺は、冬真を傷つけてしまったかな、とむちゃくちゃ悩んだ。  いやしかし、冬真が最初に俺を脅したからつきあうことになったのだ。  おまけに何の断りもなく、どちゃくそエロいことをしてくるのだ。  確かにセックスはしていない。  ディープキスどころかキスもしていないので、約束は守っていると言える。  しかし、このままズルズル流されてどんどんエロいことをされるがままになってしまうのはよくない。きちんと話さなければ。  学校の外で会うと、冬真のイケメン力《りょく》が上がってしまうので、学校で話すことにした。  とはいえ、誰かに見られたらまずいので、二人きりになれる場所が必要だ。  学校で二人きりになれる場所……悩んだ末俺は、テニス部の部室に冬真を呼び出した。  今日は部活のない日なので、誰も来ないはずだ。  「部室に忘れ物をした」と言って守衛さんから鍵を借り、ベンチに腰をかけて待っていると、冬真がやって来た。  もしゃもしゃ頭にメガネをかけて、ドアを背にして突っ立っている。  向こうのペースになったらおしまいなので、俺はベンチから立ち上がり、さっそく切り出した。 「あのさ、冬真……。俺のこと、本当に好き? その、恋愛対象として」  お互いよく知らないまま「つきあう」ことになったのだから、冬真の方にも「思っていたのと違った」という気持ちがあるかもしれない。 「好きだよ。愛してる。つきあい始めてますます好きになった」  冬真は、きっぱりと言い切った。 「最初、朔太がうちの店に来た時、クラスメイトだし、俺に会いに来てくれたのかな、と思ったんだ」  雰囲気を察したのか、冬真はていねいにいきさつを話し始めた。 「学校には家の仕事を手伝っていることは伝えてあるけれど、生徒には言わないようにしてもらっているから、わざわざ探して来てくれたんだなって思った。  いいなって思ってる子が、わざわざお店に来てくれたんだぞ。その気になっちゃうのもわかるだろ?」  そうだったのか……。「Louis Louis」を見つけたのは偶然だったし、それで塁さんを初めて見てからは、他の店員には全然気が行っていなかったので、まったくわからなかった……。 「でも、そのうちまったく目が合わないことに気が付いて、どうやら親父を見ているっていうことに気づいて腹が立ったんだ。ウェイターが俺だともわからないみたいだし」  冬真が、眼鏡の奥の瞳でじっと俺を見る。 「それから、どうにかしてこっちを振り向かせたくて、何かできないか考えたんだ」  そうか……。なんか恥ずかしいな……。 「冬真だって気づかなくてごめん」  こうして見ると、眼鏡をかけてもしゃもしゃ頭でも、ウェイターの恰好でも、ちゃんと同じ冬真だと、今はわかる。  吸い込まれそうな瞳、緩やかにカーブを描く眉、少しクセのある艶やかな黒い髪……。ちゃんと同じだ。 「でも、脅してつきあわせるとかは、ダメだから」  ここはちゃんと言わないといけない。  冬真は、少し悲しそうな顔をして、うつむいた。 「そうだよな……」  ズキズキと胸が痛む。 「悪かった……。でも、楽しかったよ……」  うつむいたまま、冬真は小さな声でつぶやいた。 「ち、違うんだ、冬真が嫌いなわけじゃないんだ」  俺は冬真に近づいた。 ──が、頑張れ俺~~! 「ていうか、その、初めは、びっくりしたけど、俺も、楽しかった」  緊張して、しどろもどろになってしまう。 「お、俺、もう、冬真のこと、す、すすす好きになっちゃった……みたい、なんだよ」  恥ずかしすぎて冬真の顔が見られず、ちょっと脇の電気のスイッチとか掃除用具とかを見ながらどもりまくって言った。  最近は、暇さえあれば冬真のことを考えている。  デートも楽しかった。冬真がふざけているわけじゃなくて、本当に俺のことを好きでいてくれるんだな、と思った。  なんだかよくわからないけれど、俺は冬真のことを考えるだけでドキドキしてしまうようになってしまったのだ。  俺は、冬真にさらに近寄り、手でも握ろうと思ったが勇気が出なかったので、ワイシャツの胸倉をきゅっとつかんだ。 「だから、……あらためて、つ、つきあって……やってもいいぞ」  俺は、そう言った。  顔が熱い。耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかった。  しばらく返事がないのでおそるおそる目線を上げて冬真の顔を見ると、驚いたような表情をしていた。 「……本当に?」 「うん……」  俺は、こくんとうなずいた。  すると、固まっていた冬真は、突然俺をぎゅっと抱きしめてきた。 「嬉しい……!」  はわわわわーー!  心臓が爆発するんじゃないかと思うくらいびっくりしたが、いやな感じはしなかった。  あったかいな……。  冬真の肩や腕、胸板、体の厚みや体温を感じる。ワイシャツからは、洗濯の匂いがした。 「キスしても、いい?」  冬真が聞いてきた。 「……いいよ」  告白したんだからチューするのは、自然な流れだろう。  よし。  俺は覚悟を決めて目を閉じた。  次の瞬間、唇に柔らかい感触がした。  ──うぁああー! ファーストキス、しちゃったよ~……。  唇を重ねただけなのに、喉の奥から胸まで、苦しくなるくらいズキズキする。  唇と心臓って直接つながっているんだっけ?  俺は息を止めていたので苦しくなってきた。  冬真がいったん唇を離したので、そっと息をついた。  もう一回、冬真が唇を重ねてくる。  今度は、重ねているだけじゃなくて、唇で唇をくわえるようにして、ちゅっとしてきた。  もう一度。次はもう少し長く。  ──キスって、一回だけするものだと思っていた。  少なくとも、これまでに読んだ、姉ちゃんの持ってる恋愛マンガではそうなっていた。  でも、不思議なことに、一回すると、もう一回したくなる。どうしてだかわからないけれど、何度でもしたくなるものなのだと思った。  ちゅっ……、ちゅっ……、ちゅっ……、  角度を変えながら、何度もキスをした。  舌を入れられているわけでもないのに、体が熱い。  でもそれと同時に、ぬくもりに包まれる安らぎもあった。  ぽかぽかのお布団で昼寝から目覚めた時のように、懐かしい夢を見て目を覚ました時のように、探していた何かが見つかったような感じがした。  ああ、俺、このドスケベサラブレッド、エロエロモンスターのこと、好きになっちゃったんだなあ……。

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