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第10話:面前ディープキス

 今日は部活が休みだ。  俺は「Louis(ルイ) Louis(ルイ)」へ寄って帰ることにした。  なんとなく、冬真が働いているところをちょっとだけ見てから帰ろうと思ったのだ。  ──あれ、いないや。  店内に冬真の姿はなかった。 「冬真ならまだ学校から帰ってきていないよ」  奥から低めのイケボが聞こえて、塁さんがキッチンからカウンターの向こうに出てきた。 「冬真の友達だよね。よく来てくれてありがとう」  塁さんはにこやかに微笑んだ。やっぱりとっても美しい。 「あ、そうなんですね。……どうしようかな」  なんとなく、何も買わずに帰るのも悪いような気がしてきたが、今日は長居するつもりはなかった。 「そうだ、ちょっと待ってて」  塁さんは、いったんキッチンに戻り、業務用冷蔵庫から、何か取り出して持ってきた。 「ブルーベリーのタルト。昨日の売れ残りだから、お客さんには出せないけど、冬真の友達だから特別におごりだよ」  塁さんは、タルトのお皿をカウンターテーブルに置きながら、ヒソヒソ声で言った。  ──うわ~い、やった~!  なんと、タダで食べられてしまうなんて。  俺はさっそくテーブルについて、サクサクもぐもぐ食べ始めた。  ──おいし~い!  俺がタルトを半分くらい食べ終わった頃、ドアの開く音がして、 「おい、何やってんだ」  というドスの効いた声が聞こえてきた。  後ろを振り向くと、通学スタイルの眼鏡をかけた冬真が眉間にシワを寄せ、怒りの表情を浮かべて立っていた。 「ホワ?」  何かいけないことをしたのだろうか。  しかし冬真の怒りは、俺ではなく、塁さんに向けられたもののようだった。 「おいクソ親父。人のもんに手ェ出してんじゃねーよ」  冬真はカウンター越しに塁さんの胸倉をつかんだ。 「あ……そうだったんだ。……手を出すもなにも、おごってあげただけだよ」  塁さんは、あまり慌てた様子もなく、少しだけ困ったような顔をした。 「客におごるのやめろって言ってんだろ。前もそれで釣って、結局女子大生に一回で生ケーキ十二個、焼き菓子二十個買わせてたじゃねーか」  冬真は凄んだ。 「あれは本人が買いたいって……」  すごい。自主的に貢がせてしまうなんてなんて恐ろしい……。 「ともかく、朔太は俺のだから、触るな話しかけるな目を合わせるな」  冬真は塁さんを睨みつけながら、片手で俺の腕を掴んで立ち上がらせた。 「朔太。俺がいない時にこの店に来ちゃだめだからな」  俺の両肩を掴んで、真剣な目で見つめてくる。 「わ、わかったよ」  どうやって冬真がいるかいないか把握するのかわからなかったが、俺はこくっとうなずいた。 「いい子だな」  冬真はそう言うと、チャッと眼鏡をはずして胸ポケットにしまうと、俺の顎をくいっと掴み、唇を重ねてきた。  ──ええっ! ちょっとちょっと! 塁さんもいるんですけど!?  「と、冬真っ、ひ、人が見てるよっ……」  唇が触れた瞬間、顔をのけぞらせて止めたが、 「見せつけてやってわからせる」  と言って、俺の頭を抱き寄せてなおも唇を重ね、今度は舌を入れてきた。  冬真の熱い舌が、俺の口の中に滑らかに入り込み、俺の舌をつついたり、口の中をねっとりとなぞっていく。 「んっ……」  俺は抵抗しようとしたが、頭は冬真に抱かれているし、肩もガッチリ掴まれていて動けない。  ──塁さんが、見てるのにっ……。  キスしてるところなんて、人に見せるものじゃない。恥ずかしすぎる。  羞恥心に、顔が赤くなっているのがわかる。  やめさせたいのに、冬真の舌が、俺の舌に絡みつくと、つい自分も舌を動かしてしまう。  ──気持ちいい……。  頭がくらくらしてきて、思考能力が奪われていくのを感じた。  俺はだんだん抵抗する力を失い、抱き寄せられるままに、冬真の胸元に体を預け、舌を絡めた。  体が熱い。冬真の唇、舌、熱い吐息……俺を抱き寄せる腕……体の匂い……すべてが一体になって俺を包み込んでいるようだ。  俺は周りのことも何もわからなくなり、冬真の舌が求めるまま、自分も舌を伸ばし、絡ませ合った。 「……ぷはっ」  唇を離すと、唾液が舌をつたって糸を引いた。  冬真は俺の口を犯した舌で、俺の唇の周りをぺろりとなめて、唾液をぬぐいとった。 「ひゃんっ」  思わず声が出てしまい、慌てて周りを見てみると、塁さんはいつの間にかいなくなっていた。  冬真は、舌なめずりするように、自分の口の周りに垂れた唾液を舐めとった。据わった目つきで、口元は微かに笑っている。 「いなくなったか。逃げ出したか気を使ったのかわからんが、朔太が俺のものだって、ヤリチン親父にも伝わっただろ」 「ひ、人前であんなことするなんて、非常識すぎるだろっ」 「何言ってんだ。朔太だって、あんなに積極的に舌を絡めてきたくせに」  冬真はニヤニヤと笑いながら、俺の顎を掴んで、唇へ顔を近づけた。 「や、やめろよこのドスケベッ」  俺は冬真を突き飛ばした。恥ずかしくて、どうにかなりそうだ。 「ふふふ、朔太はかわいいな。……わかったよ。今日はもう帰りな」  そうさせてもらおう。このままここにいたら、何をされるかわかったものじゃない。

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