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第11話:朔太君は、おばかわいい
初夏の陽気に包まれた昼休みの教室で、俺は回し読みされているジャンプをのんびり読んでいる。
……フリをしながら、視界の隅で、そっと冬真の方を見ている。
冬真は窓際の席で、何やら勉強をしている。学校での冬真は、とてもマジメで、空いている時間はこうやって勉強しているか、同じようにマジメな友達と話していることが多い。とてもエロエロドスケベサラブレッドとは思えない。
資格の勉強をしているようで、英検とか、大学受験に使えそうな資格から、簿記3級、ファイナンシャルプランナー、食品衛生責任者、バリスタ資格、野菜ソムリエなど、とにかく取れそうな資格からどんどん取っているらしい。
──偉いなあ……。
俺は勉強が苦手なので、素直に尊敬する。
この前、冬真は塁さんに対抗意識を燃やしていたけれど、心配なんてすることないのにな、と思う。
もっと近くで見ていたい気もするけれど、教室でディープキスをされたら困るので、やめておく。
俺がジャンプに目線を戻すと、教室の扉の向こうから、学年主任の先生が手招きをしているのが見えた。
「加納、ちょっといいか?」
「……ハイ」
いやな予感がした。
「期末テストまで、あと2週間だ」
──やっぱり……。
面談室に連れていかれた俺は、学年主任の先生に、説教……というか警告を受けた。
「加納が部活を頑張っていることは知っている。けれど、赤点を取ったら夏休み中部活禁止で補修を受けなくちゃいけないのは、知っているよな」
──ハイ、知ッテイマス……。
「特に英語と数学は、ほとんどの大学で受験科目だからな。勉強が苦手ならなおさら、赤点は回避してテストの点数を上げて、総合型選抜を目指したほうがいいと思うぞ。二年のうちならまだ挽回できる」
──ハイ、特に英語と数学がヤバイのも知っています……
「今度の期末テスト、授業の予習復習をまずはしっかりやって、悔いの残らないようにしような」
トホホホ……。
しょぼくれながら面談室を出ると、柱の影から冬真がのぞいているのが見えた。
「何してるんだよ」
声をかけると冬真は、
「面談室で朔太が、わいせつな行為を強要されていないかどうか心配になって……」
などととんでもないことを真剣に口走った。
「な、何言ってるんだよ学校で! 皆が皆、お前みたいなドスケベじゃないっつーの!」
俺は声を潜めつつ冬真を怒鳴りつけた。
「じゃあなんだったんだよ」
俺は恥ずかしながら、勉強ができないので期末テストで赤点を取ったらヤバイ、という話をした。
「そうか、じゃあ勉強教えてやろうか」
──おおっ!
……と思ったが、こいつ絶対勉強以外のことを教えるつもりだぞ。
俺が疑いの目で見ると、冬真はさらに、
「ノートのコピーや過去問もあげるぞ」
と畳みかけてきた。
──な、なんだってー!!
ノートのコピーはありがたい。それから定期テストの過去問なんていうものがあるのか。冬真曰く、代々闇ルートで取引されているらしい。
俺は、うまうまと乗せられて、冬真の家で勉強することになった。
* * *
冬真の家は、「|Louis Louis」の近くのマンションにあった。
「お邪魔しまーす」
小さな声で言ってみる。
「誰もいないぞ」
冬真が言った。それはそうだ。塁さんは今、お店で仕事をしている。
よその家の匂いがする。
玄関に、小さい冬真の写真が飾ってあるのに気づき、思わず手に取った。
「か、かわいい~~!」
二歳くらいだろうか。ぽや~んとした何とも言えない表情の、小さな冬真を抱き上げた、今より若くてさらにイケメン王子様みたいな塁さんが、海をバックにピースサインをしている。隣には、サングラスに黒い帽子の女性が映っている。藤姫桃香だろうか。おっぱいが大きくて、ぷっくりした色っぽい唇をしている。
こんなドスケベにもあどけない子供の頃があったんだな。
「あ、くそ、隠したのにまた出してやがる。それは今いいから!」
珍しく冬真が照れて、写真立ては取り上げられてしまった。
あまり大きくない2LDKを、俺はきょろきょろと見回した。冷蔵庫に貼った買い物メモや、室内干ししてある洗濯物に、冬真の日常生活を感じることができて、なんとなく嬉しい。
洗面所で手を洗おうとしたら、「髪の毛は流すな! ちゃんと捨てろ!」という冬真のものらしきポストイットが貼られていて、普段の生活が透けて見えるようだった。
「……何してるんだよ」
後ろに冬真が立っていた。
「え、いやあの……。なんか冬真の普段の生活がちょっとわかる感じがして、嬉しいっていうか……」
「……さっさとちゃんと勉強するぞ」
そう言って冬真はリビングに戻っていった。ビクビクしていた俺はちょっと拍子抜けしたが、おとなしくちゃんと勉強することにした。
冬真は、リビングのローテーブルに勉強道具を広げて言った。
「英語と数学がヤバいんだって? まあ、まずは英語かな」
「……ハイ」
「どこがわからないんだ?」
──どこが、というよりも、今学期何をやって来たのかの記憶すら危うい。一応授業中はだいたい起きていたはずなんだが……。
「……」
「……じゃあ、教科書に出てくる単語聞くから、意味答えて」
しびれを切らした冬真は、勝手に始めた。
「duty」
──あ、はいわかるぞ!
「汚い!」
「違う、それはdirtyだっ!」
「tragedy」
「……そんなの出てきたっけ?」
冬真の目がだんだん据わってきた。
「朔太……」
「ハイ……」
「英単語は、才能とか関係ない。努力さえすれば誰でもできるものだ」
「ハイ……」
冬真の言うとおりだ。面目ない。
「おばかわいい朔太君は、俺が教えるとか過去問とかいうレベルまで到達していないようなので……」
そう言って冬真は、部屋に戻って折りたたんだルーズリーフを出してきた。
折り目の片方に英語、もう片方に日本語が書いてある。
何個も〇×がついていて、すでに何度も練習したことがわかる。
「これをやるから、英和、和英、五回ずつ練習しろ。間違えたところは声を出して読んで、もう一回やれ」
「ハイ……」
「ダラダラしないよう、勉強は時間を区切ってやれ。四十分以内に終わらせるように」
「ハイ……」
まったくもって冬真の言う通りなので、俺は機械のように「ハイ」「ハイ」と言うしかできなかった。
もはやえっちなお勉強とかそういう状況ではない。いや、したいわけじゃないけど。
心の中で涙を流しながら、おとなしくペンケースとノートを出して、勉強を始める。
冬真は、
「終わったら俺がチェックするから、ちゃんとできていたらごほうびをやるぞ」
と言って、ほっぺにチュッとしてきた。
──はわわわ!
俺がきょどっている間に、冬真は数学のテキストを出して、自分の勉強を始めた。
──ご、ごほうびはさておき、頑張るか……。
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