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第17話:結婚するまでセックスしない男
「とうまっ……、俺……、冬真と……したい……」
「朔太……」
冬真は、切なげな表情で俺を見つめてきた。
大きな瞳が揺れている。
冬真は、しばらくの間俺を無言で抱きしめていた。
俺を抱きしめる手に痛いほど力がこもっている。
そして、そのまま俺の顔を見ずに言った。
「……だめだよ。結婚するまではセックスしないんだ」
──そんな……。
「でも……」
俺は悲しくなった。今やってるこれってほぼセックスじゃないのか? ていうか、セックスするためにやっていることなんじゃないのか?
えっちな気持ちになったから、だけじゃなくて、俺は冬真が好きだから、したいのに……。
熱くなっていた体が、急に冷えていく気がした。
俺は、上にのしかかってきている冬真を軽く避けて、ベッドの上にむくりと起き上がった。
頭にひっかかったままのウェイトレスさんのカチューシャを外した。
冬真はうつむいていて、表情もよくわからない。
「なんか、よくわかんないな……」
俺はぼそっとつぶやいた。
冬真は、
「ごめん……」
とつぶやいて、俺の顔も見ずに、部屋から出て行った。
ガチャッと玄関が開く音がして、続いてバタンとドアが閉まった。
* * *
文化祭当日。
「2-A、喫茶店やってまーす! 来てねー」
「さくたんカワイー! 写真撮って撮って~!」
「オッケー!」
俺がミニスカウェイトレスさんの恰好で校内の宣伝に回ると、女子がいっぱいやってきて写真を撮りまくられる。昨日に続いて大人気だ。
俺がくるっと回転してポーズを取ったり、手をハートの形にして一緒に写ると、次から次へと他の奴らも写真を撮りたがり、めちゃくちゃ盛り上がった。なかなか楽しい。
「もえもえキュン!」
カシャッ、カシャカシャッ!
「さくたん、かわいい~!」
女子は興奮気味に写真を眺めている。
「さくたん、俺も俺も~」「さくたんの写真売って~」などと言っている男子もいる。
「ただいまー!」
教室に戻ると喫茶店は大盛況だった。
「おっ、さくたんだ! さくたんご指名していい?」
部活の知り合いが来てくれていた。
「指名料五万円で~す」
俺がふざけると、どっと盛り上がった。
冬真は、裏方で地味に飲み物やお菓子を準備する係だ。パーティションの裏側にいるので、客席スペースからは見えない。もちろん、カフェでやっているように丁寧にやるのではなく、電気ポットに入れたコーヒーや紅茶をじゃばーっとプラスチックのカップに出すだけだ。
あれから冬真とは口をきいていない。
目が合うと、何か言いたげに瞳が揺れるような気がするが、何も言わず顔を背けてどこかに行ってしまう。
俺もどうにかしたいと思っても、俺が冬真を悪く言ったわけでも責めたわけでもないので、何を話したらいいのかわからない。
俺がまた宣伝に出かけようと教室を出ると、にぎわう教室内を、廊下から覗いている女性がいた。
黒い野球帽をかぶり、サングラスをかけて、ダボッとしたTシャツとジーンズを履いている。
「1名様ならすぐに入れますよ」
と俺が声をかけると、
「いえ、見ていただけなので……」
とすぐに立ち去ろうとした。
しかし、一瞬こっちを向いた女性の口元を見て、俺は、
──あ。
と思った。
声をかけようと思ったが、すぐに「ここで呼びかけるのはとってもまずい」ということに気づく。
──藤姫桃香だ。
よく見れば、帽子とサングラスでごまかしていても、小顔すぎるしスタイルが良すぎるので、どう見ても一般人ではない。
ダボッとしたTシャツでもごまかしきれないほどおっぱいがデカい。
俺は、人が少ないところで声をかけようと、藤姫桃香の後をつけ始めた。
藤姫桃香は、スタスタと混みあう校舎を抜けて校門の外に出た。何回か角を曲がると、行く先に車が見えてきた。
車に乗られたらまずい。俺は走り始めた。
もう少しで追いつく、というところで、俺は首根っこを掴まれ、地面に転がされた。
「おおっと。かわいいウェイトレスさん、ウチの桃香に何か用かな?」
黒いスーツを着たドウェイン・ジョンソンみたいなデカい男が、俺を見下ろして指をポキポキ鳴らしている。
──ヒィ~ッ!
「あ、怪しい者ではないです! 俺は冬真君の、その、友達で……」
女装しているので、どう考えても「怪しい者」なのだが、冬真の名前を聞いて、ドウェイン・ジョンソン(仮)の顔色が変わった。
「……どこで知った。誰かに言ったか」
ドウェイン・ジョンソン(仮)が俺の胸倉をつかんだ。
──ヒイイイイイ!
「ととと冬真君から直接っ、それで誰にも誰にも言ってないですしサイン欲しいとか写真撮ってほしいとかそういうんじゃないですっていうか俺まだ未成年だから見たことないしちょっと話がしたくてそれで」
「皆最初は、『話がしたいだけ』っていうんだよなぁ」
ドウェイン・ジョンソン(仮)が凄んでくる。職業柄、プライベートで出歩くと変なやつに声をかけられたり、触られそうになったりしてしまうのだろう。これは、ちょっとやそっとの理由じゃ藤姫桃香と話せそうにない。
「すすすすいませんさっきの『友達』は嘘で、俺本当は……冬真君と、つ、つ、つきあっててそれで……」
「あ~ん?」
ドウェイン・ジョンソン(仮)の声が、いっそう低くドスが利いたものになる。
車の中から藤姫桃香が、
「それ、ほんと?」と、声を発した。うっとりするような、落ち着いた低めのいい声だ。
「ほほほほんとです」
とは言ったものの、これまでのデートで一緒に写った写真は撮っていないので、証拠になるようなものがない。
一緒に写っているのは、この前ウェイトレスさんの恰好で撮った「ほぼハメ撮り」みたいな写真だけだ。
俺は恥を忍んで、ドウェイン・ジョンソン(仮)にスマホのアルバムを見せた。
ドウェイン・ジョンソン(仮)は眉間にシワを一層深く寄せて、「ああ~ん?」という顔をしたが、車の窓からそれを桃香に渡した。
──ああ……殺される……。
俺がガタガタ震えていると、ドアがガチャッと開いた。
「中に入りなさい」
藤姫桃香が、後部座席のドアを開けてくれていた。
「い、いえ……俺まだ文化祭が……」
と俺がもごもご言っていると、ドウェイン・ジョンソン(仮)が今度は俺の腕をひっつかみ、車の中に放り込んだ。
「いいか、桃香に指一本触れたら、お前の指が五本飛ぶと思え」
ドウェイン・ジョンソン(仮)は運転席に座り、俺は後部座席に桃香と並んで座るハメになった。
藤姫桃香はまだ、俺のスマホのアルバムをシュッシュッとスワイプして見ている。あられもない「ほぼハメ撮り」の写真が多数開陳されているはずだ。
──ヒイイイイ! 恥ずかしくて死ぬ!
「若いって、いいわね……」
桃香、いや桃香さんはクスっと笑って、サングラスを外した。
冬真によく似た、悩ましげな瞳があらわになる。とても30代半ばとは思えない美貌だ。
「あなた本当に冬真とつきあってるのね」
桃香さんは、俺にスマホを返しながら言った。
ひょえ~、恥ずかしい……。
「それで、今日は私に何の用なのかしら」
用事は二つある。
「あの、今日、文化祭覗いてたと思うんですけど、冬真は裏方だから、見えなかったと思うんです。その、会っていかなくていいんですか?」
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