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第18話:走れミニスカウェイトレス

 桃香さんは、横を向いて少し投げやりに答えた。 「いいのよ。AV女優の母親が現れたら、あの子が困るでしょ。近くに寄ったから、たまたま見られればラッキー、見られなければまあいいか、と思ってただけだから」  騒ぎになるし、冬真は冷やかされるし、後々も冬真には「母親がAV女優」という評判がついて回るのだ。  俺はちょっと悲しくなった。 「そうですか……」 「冬真のことホントに好きなのね。こんな恥ずかしい写真見せてまで、わざわざそれを私に言いに来るなんて」  俺は真っ赤になってしまった。 「そ、それだけじゃないんですっ!」  こっちが本題だ。言いづらい。すごく言いづらいけど、仕方がない。 「塁さんと、仲直りしてくださいっ!」  桃香さんの顔つきが変わったのがわかった。 「……大人同士のことに、首を突っ込まないでくれる?」  窓のへりに肘を置いて頬杖をつき、不機嫌そうな顔で言った。  俺は、そのわざとらしいセクシーな言い方に、かえって腹が立った。 「私と塁は、お互い話し合って離婚したの。養育費もちゃんと払っています。冬真から再婚してほしいと言われたこともないし、面会を求めても断ってくるのは冬真よ!」  桃香さんは、俺に向かって声をあららげた。 「あなたに何がわかるっていうのよ!」  そりゃそうだ。「元夫と復縁するよう迫ってくる息子の交際相手だと名乗る初対面のミニスカウェイトレスの女装男子」という、どこからどう見ても頭のおかしい奴に、あれこれ説教されたくないだろう。  しかし、その言い方に、俺の中で何かがブチ切れた。 「うるさい! お前らこそ、冬真のことを何もわかってないじゃないか! お前らが大人としてちゃんとやってないから、冬真がドスケベのくせに肝心な時にインポになるんだよ! お前らがかけたサラブレッドの呪いのせいで、冬真は苦しんでるんだよ!」  正確には、あの時の冬真のちんこは、ギンギンにおっ立っていたのだが、結局行為に至れなかったので、まあ「インポ」と呼んでいいだろう。心のインポだ。 「なっ……」  桃香さんがみるみる真っ赤になった。 「冬真にちゃんと謝れよ!」  俺は、ドウェイン・ジョンソン(仮)につまみ出される前に車から降りて、ドアを勢いよく閉めて走り去った。  * * *  こうなったらカチコミだ。  俺は車から降りてそのまま、「Louis《ルイ》 Louis《ルイ》」に走って行った。 「臨時休業」の張り紙がしてあるが、焼き菓子の匂いが漂っている。塁さんがいるのは間違いない。  子供の文化祭だから臨時休業にしておいて、子供の文化祭に行かずに仕事してるのかよ。甘えてんじゃねーよ。 「開けろ――!!」  俺は、叫びながら店のドアを叩いた。 「臨時休業中でーす」と中から返事が返ってきた。塁さんの声だ。 「開けろやボケェ――!!」  ガンガンガン! とガラスが割れそうな勢いでドアを叩いていると、中からガチャガチャという音がして、塁さんが出てきた。 「朔太くん……?」  俺はズカズカと店の中に入り、 「そこに正座しろーー!」  と、塁さんを床に正座させた。 「な、何事?」  ──何事、じゃねーよ! 「お前まだ桃香さんのこと好きなんだろ? とっとと再婚しろ!」 「いや、だから、色々あって離婚したって」 「うるせえ! だったらなんで部屋の中を桃香さんで飾ってるんだよ! ヤリチンやってるのは、桃香さんにかまってほしいからなんだろ!」 「う……」  塁さんが言葉に詰まった。図星らしい。 「お前らは、アダルティなフリをして、子供なんだよ! おかげで冬真が傷ついているんだよ! 大人としてちゃんとけじめつけろ!」  俺が地団太を踏んでいると、カランカランと店のドアが開く音がした。 「あら……」  桃香さんがいた。  もしかして、さっきの俺の説教を聞いて、塁さんと話しに来たのだろうか。  桃香さんは、決まりが悪そうに、 「ちょっとタイミングが悪かったわね……出直そうかしら……」  と言って踵を返そうとした。 「人のせいにして逃げてんじゃねーよ!」 「な……!」  俺は桃香さんに怒鳴り散らし、代わりに自分が外に走り出て、店のドアをバタンガランガランと閉めた。 「ゆっくりしていってね!!!」  店の外に出た俺は、急いで冬真に電話したが、全然出ない。文化祭の真っ最中だから、仕方ないか。急いで学校に戻る。 「あれ、さくたんどこ行ってたんだ?」  クラスメイトに声をかけられるが、無視してパーティションの裏に回り、冬真を引っ張り出す。 「ごめん、俺たちいったん抜けるわ!」  シフト調整しているクラスメイトに声をかけて、教室を抜け出し、冬真の腕をつかんで走り出した。  男子ロッカー室に寄って、急いで着替えて荷物を取り、校舎の外に出た。いつまでもウェイトレスさんの恰好だと、きまりが悪いからな。  ちなみに、俺が着替えている間、冬真は無言でボーっと突っ立っているだけだったので、なんだかかわいそうになってきた。  * * *     俺たちは、学校の裏手にある公園にやってきた。  どちらからともなく、ベンチに座る。  さっきまでの激情が落ち着いてくると、喉が渇いていた。さっきから走りっぱなしだ。 「……飲み物買ってくるわ」  俺は近くの自販機でアクエリを二本買い、一本を冬真に渡した。 「ありがとう」  冬真は財布を出そうとしたが、 「いいって。よくコーヒーおごってもらってるし」  と言って断った。  俺がグビグビとアクエリを飲んでいると、冬真が、 「朔太……。この前は、ごめん……」  と謝ってきた。 「ごめん、って……。何を、どう謝ってるのか、よくわかんねーよ」  ちょっと意地悪な返事だったかもしれない。でも実際よくわかんないし。 「朔太のこと、大切にするって言ったのに、結局さんざん弄んだ挙句、肝心な時に辱めにあわせただけで、どっか行っちゃって……」  そうだな。その通りだな。 「結局、なんでああいうことになっちゃったんだ?」  なんとなくわかってるけれど、聞いてみる。 「朔太のこと、好きなんだ。俺もめちゃくちゃしたい。毎日したいと思ってる。基本的にいつも若干ムラムラしているくらいだ。……でも、あの時、もしもしてしまって、それで朔太を一生幸せにすることが約束できなかったらどうしよう、取り返しがつかないことになったらどうしようって思ったら、怖くてできなかったんだ……」  俺はどう答えたらいいのかわからなくて、下を向いたまま、冬真の話を聞いていた。 「……」  冬真は、物心ついた時から、両親がバラバラに暮らしていた。  一人親家庭でも、幸せに暮らしている人もいっぱいいるだろうけど、母親を知った時から、冬真には、「淫乱サラブレッド」の呪いがかかってしまったのだ。  自分は、AV女優とヤリチンの子ども。家族の思い出がない冬真にとって、「サラブレッド」であることだけが、自分が母親と父親の子どもである、証拠だと思えるものだったんだろう。  一方で、親を見ていて、責任が取れないような恋愛はしちゃダメだ、と思ったから、「結婚するまではセックスしない」と言っていたんだろう。  スケベに騙されがちだけど、冬真ってもしや、かなりかわいそうなのではないだろうか。 「……冬真さ、今、桃香さんが、塁さんに会いにお店に来てるんだ」 「!!」  冬真は、目を見開いて顔を上げた。 「ゆっくり話したいんだって」  まあ、俺が無理矢理そうさせたんだけど。 「行かないと……!」  冬真はあわてて立ち上がろうとした。  う~ん、それでもうまくいくのかもしれないけど、俺は納得いかなかった。 「ゆっくり話したいみたいだったし、話がついてるんだったら、向こうから連絡してくるんじゃないのか?」  というか、「お店にいます。一緒に話しましょう」とか「〇時に来てね」とか向こうからLINEでもするべきだろ。 「それよりさ、冬真」  俺は冬真の手を握って言った。 「ウチに泊まりに来ないか?」

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