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第19話:ドスケベサラブレッド、普通のご家庭にホームステイする(攻視点)

 ──朔太の家に、泊まりに?  しかし、母親が店に来ていて、父親と話しているというのも気になる。そっちに行かなくていいんだろうか。  でも確かに朔太の言う通り、俺に来てほしいんだったら、向こうから連絡してくれるはずだよな。それがないということは、俺は別にいなくてもいいんだろう。  俺はなんの通知も来ていない、自分のスマホを眺めた。  ──だったら朔太の家に行ってしまおうか……。  朔太は、ベンチの上に置いた俺の手を包み込むように握って、ニコッと明るく笑いながら俺の顔をのぞきこんでいる。  朔太は本当に太陽みたいだ。  いよいよという時に、朔太を置いてきぼりにして逃げ出してしまった俺を、許してくれているんだろうか。  しかし今日突然泊まりに行くなんて、大丈夫なんだろうか。  朔太は、なんということもなさそうに笑いながら言った。 「LINEしとけばメシは用意してくれるし、皆気にしないと思うぞ。あ、俺んち家族多いし、今日普通に皆いるから、エッチなことはダメだぞ」  朔太はスマホを出して、「家族ライン」のグループチャットを開いた。家族に聞いてみるらしい。  "今日冬真泊まりに呼びたいんだけどいい?"  ──ちょっと待ってくれ。「冬真」でどこの誰だか通じるのか。  既読がついて返事が来る。  "いいよー。晩御飯多めに作っとくね"  お母さんらしい。気軽すぎないか。続いてお兄さんやお姉さんからもOKとの連絡が来る。 「なんか、皆すごい軽率にOKしてないか」  俺が困惑気味に言うと、 「うち、人呼ぶのみんな好きだしね。よくあるから気にしてないよ」  と朔太は言った。家族全員、朔太みたいに明るくて人気者で友達が多いのだろうか。  ぶーぶぶっと朔太のスマホが、また振動音を出した。 「? 兄ちゃんから個別LINEだ」  "エッチなことは、やめとけよ。木造建築の壁は薄い" 「わー! 何言ってるんだよ~!」  朔太は慌てて俺からスマホを隠したが、もう見えてしまっている。  ──そこまで伝わっているのか……。 「やらないって!!!」  朔太は、あわててお兄さんに返信し、ちょっぴり頬を染めながら俺の手を取って、立ち上がった。 * * * 「冬真と一緒に電車で帰るの、なんか嬉しいな~」  朔太が、つり革につかまりながら、はにかんだような笑顔で言った。  確かに、制服で一緒に下校するというのは、いかにも「付き合っている」という感じがして、俺もなんだかドキドキする。俺は学校の近くに住んでいるため、通常であれば朔太と一緒に電車で下校することはできない。ある意味エロいことより貴重な体験かもしれない。  ──手をつなぎたい……。  ムラムラするが我慢する。  一応、親父には「朔太の家に行きます。泊まらせてもらうことになったので、明日帰ります」とだけLINEした。 「ところで、ご家族に、俺のこと話しているのか……?」  さっきのLINEを見ると、どうも「交際相手」として認識されているようだが、それにしては皆気にしなさすぎではないだろうか。 「あーうん」  大したことではなさそうに言った後、朔太は俺に顔を近づけて、 「つきあってる人って、言ってるよ」  と声を潜めてささやいてきた。  ──な、なんだそれは……!  俺は急にドキドキしてきた。 「えっ、なんで?」 「だってさ、デートとか行くと帰りが遅くなるじゃん。休みの日の昼ご飯とか、晩御飯食べるとか食べないとか、連絡しないとお母さんが困るだろ。だから、つきあってる人がいること自体は、わりと早めに話してたし」  ──す、すごい……「マトモな家庭」感がすごい……。  まぶしさのあまり蒸発してしまいそうだ。 「それで、どんな人って聞かれたから、クラスの集合写真見せて、『この人』って……」  ──なんと……! 「ご家族は、その、男だからどうこうとか言わなかったのか」 「ああ、俺もちょっとそれ気にしてたけど、実際言ってみたら、『ふーん』って感じだった」  ──そ、そんな軽い感じなのか……? 心が広すぎないか? 「まあ、だから気にしないで、気楽に来てくれよ」  * * * 「ただいま~」  朔太の家は、学校から電車で30分程度のところにある一戸建てだった。  やや昭和の趣きを感じる見た目だが、きちんとリフォームしているのか、外壁も内部もきれいだった。 「おかえり~、……あなたが冬真君? こんにちは! いつも朔太がお世話になってます」  明るい茶髪にボブカットの元気なおばちゃんが、リビングから顔を出して言った。  これが朔太のお母さんか。別に冷やかすでもなく、本当にタダの友達が来たかのように、軽ーく挨拶してくる。 「こんにちは」  何を言ったらいいのかわからず、本当にあいさつしかできなかった。 「文化祭のほうは出なくて大丈夫なの? 朔ちゃんウェイトレスやるんでしょ?」  と尋ねるお母さんに、朔太は、 「うん、俺の出番はもう終わったんだ。服持って帰って来たから洗濯していい?」  と玄関に置いたバッグから衣装を出し、脱衣所らしきところに持っていきながら言う。 「ちゃんとネットに入れとくのよ~」 「は~い」  ──ふ、普通のご家庭だ……! 「麦茶の2Lペットボトルと、アルフォート買っておいたよ」 「わ~い」  俺が靴を脱いで廊下に上がっている間に、朔太は四角い木のお盆にペットボトルとプラコップとアルフォートのファミリーパックを乗せて戻って来た。  ウェイトレスさんの衣装を洗濯に出すついでにワイシャツも脱いだのだろう。いつの間にか土産物らしきTシャツに着替えていた。 「俺の部屋こっちな」  朔太に案内されて入った6帖ほどの洋間は、勉強机の上にプリントや教科書が乱雑に積まれており、ベッドの上にパジャマが脱ぎ捨てられていて、少し散らかっていた。  しかし、何の屈託も準備もなく人を呼べる、という朔太の性格と家庭環境がわかって、むしろうらやましくなった。 「あ~疲れた~。あ、勝手に飲んでていいから」  朔太は勉強机の上にお盆を置いて、ベッドの上にどさっと腰を下ろし、そのまま横になった。  確かに朔太は、今日は一日、ウェイトレスさんとして大活躍していた。 「なんもしないから、寝てていいぞ」  と俺が言うと、 「ほんと? じゃあ晩御飯まで寝るわ」  と言って、本当に眠り始めてしまった。  俺は仕方なく、小さなローテーブルに向かって英検準1級の本を出して勉強し始めたが、いかんせん俺も文化祭で疲れており、いつの間にかローテーブルに突っ伏して眠ってしまった。  * * * 「……開けても大丈夫かなぁ……」 「いいんじゃない? だってもう晩御飯だし呼んでも来ないし」 「裸だったりしたらどうする?」 「じゃあ、お兄ちゃん開けてよ」 「なんで……」  ──何かボソボソと話し声が聞こえる。  俺がウトウトまどろんでいると、トントン、と肩を叩かれ、 「冬真、くん? 晩御飯だけど、食べる? ……あ、兄の充也です」  と声をかけられた。  びっくりして顔を上げ、ずり上がってしまった伊達眼鏡を外してみると、若い男の人が傍らに立っていた。会社員なのか、ワイシャツを着ている。  朔太に少し似ている。この人がお兄さんか。 「あ、すみません」 「いえいえ。……おーい、朔太起きろーー」  お兄さんは、寝ている朔太のほっぺをぺちぺち叩いて起こした。 「むにゃ……もうごはんか……」  ぽわわ~んとした顔で朔太がむくりと体を起こした。  部屋から出ると、黒髪ポニテにTシャツ姿の女の人が立っていた。これがお姉さんか。 「こんにちは! 朔太がいつもお世話になってます。姉の皐月です。集合写真よりイケメンだね!」  と明るく普通に挨拶する。  リビングで朔太家の皆さんと晩御飯を囲んだ。  から揚げ、ポテサラ、大根サラダ、豆腐と長ネギの味噌汁、という至って普通のメニューだが、人数が多いのですごいボリュームだ。  おじいちゃん、お父さんにもここで会ったが、どちらもニコニコして、 「こんにちは、いつも朔太がお世話になってるね。よろしく」  くらいしか言われず、拍子抜けした。  この家の人は、全員朔太みたいに、異常に気さくな人なんだな。  性指向について尋ねられることも、なれそめを聞かることもなく、部活は何をやっているのかとか、どの辺に住んでいるのかとか、文化祭は楽しかったかとか、ごくごく普通の話をした。  おじいちゃんは、朔太のお母さんの父親であるとか、お兄さんは社会人で、お姉さんは大学生でラクロスをやっているとか、そういう他愛ない話もした。  朔太は、ものすごい勢いでから揚げとポテサラを貪り食っていた。かわいい。  風呂に入って部屋に戻ると、パジャマに着替えた朔太がベッドの隣に布団を敷いてくれていた。 「肌着やTシャツまで貸してもらって、なんだか申し訳ないな」 「気にすんなよ。お母さんいつも何枚か新しいの買い置きしてるし、Tシャツは土産物だし」  俺が今着ているTシャツには、「京都」とデカデカと書いてある。 「なんか、この家の人は、全員朔太みたいにいい人なんだな」  俺は布団に座りながら言った。 「え、そうか~? 怒られる時とかもあるよ~」  そりゃそうだ。それとこれとはちょっと違う。 「普通、っていうか」  いや、ここまでいい人ばっかりなのは、むしろなかなかいないかもしれない。 「ゲイなのかとか、どっちがどっちなんだとか、どこまで進んでるのかとか聞かないし」 「何言ってんだよ、初対面の人にそんなこと言うわけないだろ!」  気さくなのに気遣いもできるのか……。朔太の家族はすごいな……。 「実際その……どの程度話しているんだ?」  声を低くして聞くと、朔太が布団の上に移動してきて、やっぱり低い声で言った。 「エロいことしてるけど本番はまだです、とか言うわけないだろ。親には、『つきあってる』って言っただけだよ。兄ちゃんとか姉ちゃんには、『チューとかしたのか? んん?』ってからかわれたから、キスぐらいはしてるっていうのはバレてるけど」 「男同士であることについては……?」 「言ったじゃん、皆『ふーん』だったって。ウチは自分の進路も交際相手も、『犯罪と借金とギャンブルと新興宗教以外はOK』が家訓なんだ」  ──心が広い……! 「いーじゃん、とりあえず寝ようぜ」  朔太は、そう言って、自分のベッドではなく俺の布団に入ってきて、電気を消した。 「朔太……。エッチなことはダメなんじゃなかったのか?」  俺はひそひそ声で言う。 「エッチなことは、しなければいいじゃん」  朔太がひそひそ声で返事してきた。 「いや、この状況でそれは難しいんじゃないのか」  俺が突っ込むと、朔太は、くすくすっと笑った。 「なんだよ」 「なんか、冬真……ふつうだなって思って」  ──「普通」とは。 「いつもの冬真だったら、『俺の布団に潜り込んでくるなんて、度胸のある子猫ちゃんだな』とか言いそう」  なんだよそれ。俺は自分がやりたいスケベをやっているだけであって、耽美系ではない。 「普通の冬真も好き……」  朔太は、布団の中で俺に抱きついてきた。温かいぬくもりに心が安らいでゆく。  日焼けした茶色い髪をふわふわと撫でると、朔太は目を閉じて微笑みながら、俺の胸元に頭をスリスリしてきた。  風呂上りのいい匂いが洗濯したパジャマの匂いと一緒になって、ふわっと漂ってくる。  朔太の頭を抱き寄せて、肩に頭をうずめた。  二人の体のぬくもりが、布団に保温されて、体全体がぽかぽかしてくる。 「俺も朔太のこと、大好きだよ……」  小さな声でつぶやいた。  朔太が俺にくれたものに比べれば、なんと小さな事しか言えないんだろう。胸がきゅっと苦しくなった。 「へへ……俺、今とっても幸せ……」  朔太が俺を抱きしめる手に、ぎゅっと力をこめた。  胸がますますぎゅっとしたが、今度は苦しくはなく、何か温かいものがじわっと広がり、俺の全身に満ちていった。 「嬉しい……。俺も幸せだよ……」  俺が言うと、朔太は、少し首を伸ばして俺の唇にそっとキスをした。  全身に満ちて行った温かい何かが、喜びに震えているような、そんな痺れを感じた。  その時、俺は確信した。 「朔太……今日じゃなくて、今度……」  朔太の手を握り、瞳を見つめて、 「結婚しよう」  と言った。  朔太は一瞬びっくりしたような顔をしていたが、すぐにクスッと笑って、 「いいよ」  と言った。  安心した俺は、久しぶりに熟睡した。  * * *  朔太の家で、トーストとスープと果物の朝ごはんを食べていると、  "お母さんが来ています。話したいことがあるので、朔太君の家から帰ったら、お店に来てください"  というLINEが、親父から送られてきた。  ──話したいこと……。  なんだろうか。再婚か、母親と暮らすことになるのか、どちらか……、あるいはもっとくだらないことだろうか。  なんでもいい、気が進まない。  朔太の家が居心地が良かっただけに、帰りたくない気持ちでいっぱいだ。今日は文化祭の振替休日なのでもう少しゆっくりしていきたかったが、あまり長居しても悪いので、帰ることにした。 「もう帰るのかよ~、もっとゆっくりしてこうぜ」  と朔太は言ってくれたが、 「母親が来てるらしいから、行かないと」  と、俺は玄関で靴を履いた。 「あんまり、気が進まないのか?」 「ああ……。会っても、何にもならないからな……。いや、行かなきゃいけないけど」  俺が求めているのは、その場限りの仲直りとか、小遣いとか、そんなんじゃない。 「大丈夫だ!」  なぜか朔太がガッツポーズで励ましてきた。 「この俺が保証する! 今回は、俺がガツンと言ってやったから、絶対大丈夫だ」  ──どういうことだ? 「よし、俺が途中まで一緒に行ってやるよ」  朔太は、財布とスマホだけ急いで取ってきて、すぐにスニーカーを履いた。  道すがら朔太は、昨日母親と親父に会ったこと、「二人とも大人としてダメダメだったので喝を入れた」という話をしてくれた。  ──そうだったのか……。 「言うタイミングなくてごめん」 「いや、ありがとう」  詳しいことはよくわからないが、朔太が、俺の親の見た目に騙されず、「大人としてダメダメ」だとすでに看破していることに驚いたし、そこまで俺のことを心配して行動してくれたことに、胸が苦しくなった。  俺の無理なお願いにつきあって交際してくれたばかりか、ここまで俺を愛してくれる。俺は、朔太と結婚するという決意を新たにして、店に向かった。

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