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 リースが雲隠れする館から城までは、片道でも三時間近くかかる。遅くとも十九時には帰ってくるとのことだったので、夕食もそれに合わせて支度されていた。  ここのところ日の入りも早く、夜になると一気に冷え込むため、リースが風邪を引かないか心配だ。そして何より、今日見送りの際にも確認を取った『例の件』が上手くいったのかが気掛かりで仕方ない。 「リース様、遅いなあ。夕食、もう少しあとに取りかかったほうがよかったかな」  この館唯一のシェフであるシモンが、厨房から顔を覗かせて困ったように言った。二十二歳という若さながら類稀に見る料理の才能があり、雲隠れする際にリースが連れてきた使用人の一人だ。 「まさか、何かトラブルが起きたなんてことは……。クラウスのやつ、きちんとリース様を護衛しているんだろうな」  くいと銀縁丸メガネを押し上げて言ったのは、リースの専属家庭教師であるウォーレンだ。エーナの中でも特に優秀で、知的さが顔にも表れている。楽天的なクラウスとは正反対の神経質な性格で、同い年ということも相俟ってしょっちゅういがみ合っている。 「クラウスはああ見えて、任務はきちんと真っ当する方ですよ。あと少しすれば、きっと帰ってくるはずです」  言いながら玄関へと視線を向けたそのとき、勢いよく扉が開かれた。  「大変ですっ! リース様が……っ、リース様が行方不明になってしまわれましたっ!」  髪を振り乱しながら館に足を踏み入れたのは、本日、リースの乗る馬車を運転していたフランツだ。  ――行方不明だと……⁉ 「フランツ、どういうことですか。坊ちゃまは一体どこに――」  足早にフランツのそばへと行き、フィルは尋ねた。心臓が異様に脈打っている。 「わからないのです……っ。帰り道、崖の横を走っている際にどこからか弓を放たれてっ――射抜かれたロッキーが暴れ出し、馬車ごと崖から転がり落ちてしまったのですっ」 「何だと⁉」  話を聞いていたウォーレンが声を上げた。  あまりの出来事に、フィルはしばし、目を見開いて言葉を失う。 「馬車ごとって、じゃあもしかしてクラウスもかっ――」  尋ねたウォーレンに、フランツは涙目で頷いた。 「はい……っ。僕は御者台に乗っていたので、すぐに馬車を降り、ロッキーを宥めに入ったのですが……っ」  フィルは青褪めて、その場で硬直した。  ――馬車ごと、崖から……?  全身からさっと血の気が引く。 (信じて待っていてくれ)  脳裏を過ったリースの言葉に、目眩にも似た感覚を覚えた。 「事故が起きたのはどこだ! 今すぐ探しにいくぞ!」   ウォーレンの言葉を聞いて、はっとした。  そうだ。落ち込んでいる場合ではない。まだ、リースが死んだとは決まっていないのだ。むしろそうならないためにも、ウォーレンの言う通り、今すぐにでも現場を捜索する必要がある。 「直ちに乗馬を用意しますっ! 僕のあとについてきてください!」  入れ違いにならないよう、シモンには留守番を頼んでフィルたちは館を後にした。  三人それぞれ馬に乗り、事故が起きたという崖下へと向かう。粗方の目処はついているとはいえ、すでに日も沈んでおり、そびえ立つ木々に囲まれているせいで捜索は難航した。

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