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「坊ちゃま! リース坊ちゃま!」  手に持ったランタンで辺りを照らしながら、フィルは大声で呼びかける。リースを探し始めてからかれこれ二時間近い時が経っており、次第に声も掠れてきていた。 「坊ちゃま……っ、坊ちゃまっ」  じんわりと、目に涙が浮かび上がる。  リースと出会って七年。リースがたったの十歳のときから、フィルは従僕としてリースと面識があった。本来ならそれより上の役職は与えられない身だったにもかかわらず、リースは雲隠れする際、周りの反対を押し切ってまでフィルを専属執事に任命し、そばに置いてくれた。  地位や権力といったものに、リースは興味を抱かなかった。勝手な都合で隠し子のように育てられ、いざ赤い瞳を持つという噂が広まった途端、人里離れた館に隔離され――本人の意思とは無関係に繰り広げられる後継者争いに、リースは心底辟易としていたのだ。  賛成派も反対派も、リースにとっては余計なお世話でしかなかった。リースが望んでいるのは、ただ誰にも干渉されることなく平穏な毎日を送ることだ。  その点、館での生活は性に合っていた。信頼している数人の使用人しかいない中で、リースは今までになく解放的な気分で毎日を送っていたのだ。  二年もそんな日々が続けば、リースはもうはっきりと城には戻りたくないと思うようになっていた。城に帰り、国王になれば自由は失われる。そして現国王がそうだったように、とっとと次期国王を次ぐエーナの子を産むようにと国中から圧力をかけられる。  国王の座も子どもも、自らが望んで得るのならまだしも、第三者に押しつけられて果たす責任にしてはあまりにも重すぎる。自分が好きになった人との間にできた子どもにそのような重荷は背負わせたくないのだと、いつの日かリースはフィルの目を見て打ち明けてくれた。 「リース様……」  リースは今日、国王と王配に会って、はっきりと次期国王候補の棄権を申し出る予定だった。そして二人からの許しが出た暁には、ともに満月を見る約束をして城へと向かっていったのだ。 「……っ」  フィルは夜空を見上げた。  リースの瞳とよく似た真っ赤な満月。あまりにも遠い場所で放たれるその輝きに、胸が締めつけられる。  ――坊ちゃま……どうか帰ってきてください……。たとえ、この命に代えてでも……。  ぎゅっと胸元を握り、フィルは祈るように瞼を閉じた。直後、森の奥からガサガサという音がして、はっと目を開く。 「誰だっ!」  ランタンを向けた先、視界に入った人物に息を呑んだ。 「クラウス!」  片足を引き摺るようにして歩み寄って来るクラウスのそばへと、フィルは馬から降りてすぐさま駆けつける。 「クラウス、無事だったのですね!」 「ああ……何とかな……。だが、大変だフィル……。リース様が、目を覚まさない……。かすかに呼吸はしておられるようだが……」  あちこち傷だらけのクラウスの肩には、ぐったりと意識を失ったリースが担がれていた。 「坊ちゃま……っ!」 「ロッキーは、もう、だめだ……。心臓を矢で射抜かれていて、崖から落ちた際に首の骨もいっちまってる……」 「そんな……」 「俺がついていながら、こんなことになってすまない……。だが、俺ももう、体力の限界だ……。フィル……あとのことは、頼んだ、ぞ……」  途切れ途切れ言ったかと思うと、ぐらりとクラウスの体が傾いた。フィルは慌てて手を差し伸べて、クラウスとリースを支えに入る。 「クラウス! 坊ちゃま!」  呼びかけたのと同時、背後から馬の足音が聞こえてきた。 「フィル! リース様たちが見つかったのか!」  ちょうどよかった。駆けつけてきたウォーレンに事情を話し、クラウスを馬に乗せてもらう。リースはフィルの馬に同乗させた。 「二人とも重症です。一刻も早くフランツと合流し、館に帰りましょう」 「ああ。フランツは多分、こっちのほうだ」  素早くその場を離れ、フランツとの合流を図る。  ――坊ちゃまが、生きておられた……。  抱きかかえた華奢な体にまだかすかな温もりが残っていることに、フィルは泣きそうなほどの安堵を覚えた。  蒼白く染まるリースの顔を、ぼんやりと紅の月が照らしていた。

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