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 一体何が起こったんだと、一拍遅れで激しい混乱が湧き上がる。 「坊ちゃま。ご自身のお名前は覚えていらっしゃいますか。何でもいいので、覚えていることを話してください」 「お名前……? 僕のお名前は、ええっと……」  記憶を探るように、リースがうーんと眉間に皺を寄せる。  ――僕……。  リースの一人称は、『俺』だったはずなのだが…… 「あー! 思い出した!」  閃いた声とともに、リースがピンと人差し指を立てた。期待を込めた眼差しで、フィルはリースを見つめる。 「僕のお名前は、アイル・ローズドベリー! 僕には、双子のお兄ちゃんがいるんだよ! お兄ちゃんのお名前は、ええっと……」  リース――ないしアイルと名乗る少年が、またうーんと考え込む。 「……わかった! 僕のお兄ちゃんのお名前は、リースだよ! お兄ちゃんはとーっても賢くて、優しいんだよ!」  フィルは呆然と、目の前の少年を見つめた。  ――アイル……? お兄ちゃん……?  そこで、はっと思い至る。かつてリースの口から聞いたことがあるのだ。自分には本来、アイルという双子の弟がいたはずなのだが、死産してしまったのだと……  ――じゃあ、まさか……。  目を見開いて、フィルは緑の瞳をした少年を見つめる。ことりと首を傾げる動作を見て、信じられないという想いが沸き上がった。  この国では王の血を引くものが双子というのは不吉とされており、アイルという名前は愚か、リースに双子の弟がいた事実でさえ抹消されている。フィルがそのことを知っていたのだって、過去にリースがこっそりと打ち明けてくれたからに過ぎない。  フィルはもう一度、ぱっとネグリジェを掴み上げる。 「わあ!」  もう一度よぉく観察してみても、やはり、ほくろは寸分違わぬ位置で右の横腹についていた。  毎日リースの着替えを手伝っていたのだ。見間違えるはずがない。  ――双子とは、ほくろの位置まで同じものなのか……? 「――いいえ。それはありえません」  自分では理解が追いつかず、呼びつけたウォーレンに確認を取ったところ、即座にそんな否定が返ってきた。  不安に表情を曇らせるフィルをよそに、ベッドから身を起こして話を聞くリースは阿呆のようにぽかんと口を開いている。 「ほくろとは、メラニン色素の活性化により後天的に発生するものです。たとえ一卵性の双子といえど、ほくろまで同じ位置にできるなんてことは医学的にありえません。よって――」  そこまで言って、ウォーレンはすっとリースの顔を見た。 「あなたはリース・ローズドベリー――ここピーチップ王国の第四王子で間違いありません」  はっきりとした断言を聞いて、フィルはほっと息をついた。よかった。突然何が起こったのかと思ったが、やはり、少年はリースで間違いないようだ。  ぱちぱちと目を瞬くリースへと歩み寄り、フィルはその場で跪く。 「……坊ちゃま。どうか、お気を確かにお持ちください。きっと、事故のショックで混乱されているのでしょう」  優しく告げて、そっとリースの頬を撫でる。ぱちぱちと目を瞬くリースを見て、いや待てよと眉を顰めた。  振り返り、訝しさの滲む声で尋ねる。 「しかし、ウォーレン。それではなぜ、坊ちゃまの瞳の色が変わられてしまったのですか。これは、医学的に説明のつくことなのでしょうか」 「ああ、いや、それは……」  途端にウォーレンの歯切れが悪くなった。 「人によって、成長とともに少しずつ瞳の色が変化することは医学的にも認められている。しかし……」 「しかし?」  問い返すと、ウォーレンはうっと口ごもった。 「こうも唐突に瞳が全く異なる色に変化するという話は、未だかつて聞いたことがない」 「え……」

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