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クラウスは苦い表情を浮かべて口を噤んだ。
……ウォーレンの言う通りだ。彼がもし、悪魔との契によって呼び覚まされたアイルだというのなら、肉体の主であるリースの魂はどこに消えてしまったというのだろう。
――まさか、入れ替わりで消滅してしまったなどということは……。
過った最悪の予感に、フィルは絶句した。
黙り込むクラウスを一瞥して、ウォーレンはリースへと向き直る。
「何度でも言います。あなた様の名は、リース・ローズドベリー。決してアイル様などではありません。よろしいですね?」
「うっ、うう……っ」
数回、喉をしゃくらせるようにして、とうとうリースは泣きだしてしまった。
「僕……っ、僕っ、ほんとにリースお兄ちゃんじゃないのにっ。ほんとなのに……っ」
涙ながらに訴えるリースを、フィルは閉口して見つめる。リースの口から発せられる『リースじゃない』という言葉を聞くたびに、突き刺さるような痛みを胸に覚えた。
「おい、どうすんだよウォーレン。アイル様、泣いちまったじゃねえか」
指摘したクラウスを、ウォーレンはキッと睨みつける。
「おまえ、次にアイル様と呼んでみろ。国家反逆罪で打ち首にしてやるからな!」
「けっ。んだよそれ。――おいフィル。おまえはどう思ってんだ。これが単なるリース様の悪ふざけだと思うのか」
話を振られ、フィルは戸惑った。
「い、いえ、私は……」
これが、リースの悪ふざけだとは思えない。しかしそれと同じだけ、彼がアイルであるという事実は信じられなかった。それを認めることが、同時に、リースの魂の消滅を意味するというのなら、なおさら――
「しっかりしろ、フィル。おまえまで一緒になって惑わされてどうするんだ。おまえはリース様の執事なんだろう。誰よりも、リース様であることを信じるべきなんじゃないのか」
目を見てウォーレンに訴えかけられて、フィルはたじろいだ。
「それはもちろん、その通りですが……」
訥々と返答しつつ、ちろとリースの顔を見る。縋るような眼差しを向けられて、またうっと言葉に詰まった。
「フィル」
ウォーレンが一歩、詰め寄ってくる。
フィルはリースから視線を逸し、ぎこちなく首を縦に振った。
「……ウォーレンの言う通りです。魂が蘇るなど、絶対にありえません。この方は、リース坊ちゃまで間違いないでしょう」
静かに言い切った直後、リースがまた一際大声を上げて泣き始めた。
ウォーレンはほっとしたように肩を下ろす。クラウスは黙って、こちらを見つめていた。
混沌とした状況に、フィルはかつてない息苦しさを覚えた。
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