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 静まり返った部屋の中。カチカチと一定のリズムで時を刻む秒針の音だけが響いている。木製の椅子に腰掛けて、フィルはぼんやりと窓から見える月を眺めていた。  時刻はすでに午前二時を回っている。気疲れが激しく、もうそろそろ寝たほうがいいのはわかっているのだが、いかんせんそんな気分になれなかった。  ……リースはあれ以降も、自分はアイルだと言い張って聞かない。いつになく厳しい態度のウォーレンに「だったらリースはどこにやったんだ」と問い返されるたびに、「僕は知らない」と主張してはボロ泣きだった。  事情を説明するなりシモンとフランツも激しく困惑していたが、リースの思い込みを加速させてはいけないというウォーレンの指示により、二人ともリースのことをアイルと呼ぶのは禁止されていた。もちろんフィルだって、何の根拠もないのにリースをアイルと呼んだりはしない。  大の大人に揃って主張を否定されたリースは、今や唯一自分をアイルとして扱ってくれるクラウスにのみ心を許している状況だった。着替えやお風呂もクラウスと一緒がいいと駄々をこねられたときには、フィルも全力でそれを止めにかかった。  エーナであるウォーレンならまだしも、ペニンダであるクラウスと着替えやお風呂なんて論の外だ。それにはさすがのクラウスも反対の意を示し、フィルに付き添ってもらうようにとリースを説得してくれた。  もっとも、ペニンダという点ではフィルもクラウスと同じなのだが、それに関してはやはり、主人と執事の仲だ。事件が起きる以前から、フィルはリースの許可のもとプライベートな場面でもお世話をさせてもらっていた。  それにしても、今宵の入浴は大変だった。頭を洗ってあげている最中、言うことを聞かず勝手に目を開けて痛い痛いと騒ぎ出したり、服を着ているフィルに向かって思いきり湯船のお湯を浴びせてきたり……。これから先、どのくらいに渡ってこんな日々が続くのかと思うと先が思いやられる。  ――一度、医者に見てもらったほうがよいのだろうか……。  しかし、フィルには一つ不思議なことがあった。というのも、あれほどの大事故にあったにもかかわらず、今現在のリースの体にはこれといった外傷が一つも見受けられないのだ。事故にあってすぐ、館に連れ帰って体を拭いてあげた際にはいくらかの掠り傷が確認できたはずなのに、昨日の今日でリースを風呂に入れてやった際には、その傷が綺麗さっぱり消えてなくなっていた。  普段から鍛え上げているクラウスですら片手片足を骨折するほどの怪我を負っているというのに、事故直後、意識不明になっていたリースにこれといった外傷が見られないというのはどうにもおかしい。いやもちろん、リースが無事であるに越したことはないのだが――

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