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そもそも、あの瞳の色。ウォーレンは、人間の瞳の色がああも突発的に全く異なる色に変化する例は聞いたことがないと言っていた。ほぼ全ての分野の学術を網羅しているウォーレンが言うのだから、きっと間違いないのだろう。
そしてまた、あの悪魔との契とかいう禍々しい伝説。偶然にしては、あまりにも状況が一致しすぎてはいないだろうか。
満月が血に染まる夜。一頭の馬の生贄。亡くなった魂が呼び覚まされる――
(僕……っ、僕っ、ほんとにリースお兄ちゃんじゃないのに……っ。ほんとなのに……っ)
涙ながらに訴えるリースの姿を思い出して、ぞっと背筋が寒くなった。
ありえない。そんなことが、現実に起こるはずがない。ウォーレンだってそう言っていた。
しかし、だったらリースは嘘をついているということだろうか。そんなふうには見えない。リースは本気で自分をアイルだと思い込んでいる。
……そう、思い込んでいるのだ。きっと、事故の後遺症に違いない。崖から転落した際に頭をぶつけて、一時的に自分を亡くなった弟だと勘違いしているのだ。
そうだ。そうに違いない。きっとそうに決まっている。
――決まって、いるのか……?
「っ――」
馬鹿馬鹿しい。何が悪魔との契だ。そんなふざけた話、あってたまるものか。彼はリースだ。誰が何と言おうと、絶対にリースだ。それ以外の事実なんてありえない。ありえるはずがない。何より、フィル自身が絶対に認めない――
「リース、坊ちゃま……っ」
ぎゅっと拳を握りしめ、フィルは噛みしめるように呟いた。直後、コンコンとドアをノックする音がしてビクリと肩が跳ねる。
「フィル。俺だ、入ってもいいか」
落ち着いた口調での断りに、はっと息を呑んだ。
――この、声は……。
間違いない、リースの声だ。そして、この一見冷たく聞こえる喋り方も……
息を詰めて扉の向こう側の人物への思いを巡らせていると、ややあって、ゆっくりとドアノブが捻られた。開かれた扉の隙間から、金色の髪がちらつく。
「何だ、起きていたのか。灯りも灯さずに、何か考えごとでもしていたのか」
「リース坊ちゃまっ!」
声を上げて、フィルは目を見開いた。
この喋り方、この声のトーン、そして、この瞳の色――。ドアを開けて入ってきたのは、フィルのよく知っている、事故が起きる前のリースだった。
「坊ちゃま! リース坊ちゃま! 記憶が戻られたのですねっ。その瞳の色も……っ!」
悪魔の目と忌み嫌われるその真っ赤な瞳は、フィルがこの世で最も忠愛している人のものだ。
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