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「ああ、フィル……。そのことについてなんだが、少し話をしていいか」 「ええ、もちろんです坊ちゃま。私はずっと、坊ちゃまとお話をしたいと思っておりました。……よかった。本当によかった……。てっきり、もう戻られないのかと……っ」  じんわりと、目に涙が浮かび上がる。そんなフィルを見て、リースは困ったように微笑んだ。 「心配をかけて悪いな、フィル。座って話そう」  促されて、ともにベッドへと腰掛ける。 「いきなりで悪いんだが、フィル。あと十五分もすれば、俺はまたアイルの人格に変わってしまう。あまり長話をしている時間はないから、ひとまず落ち着いて話を聞いてほしいんだが……」 「……はい?」  咄嗟に、フィルは眉を寄せた。  ――アイルの人格に変わる……? 「坊ちゃま、それは一体……」  嫌な予感に、心臓が早鐘を打つ。不安に表情を曇らせるフィルに、リースはまた困ったように目を細めた。 「実を言うと、俺は一度、馬車が崖から転落した際に命を落としかけていたんだ。しかし見ての通り、今の俺の体には傷一つない」 「……」 「悪魔との契、だったか。ウォーレンが言っていただろう」  フィルは答えなかった。落ち着いた口調で語られる話の行方を知るのが恐ろしく、固まってリースを見つめることしかできない。 「あれは、単なるまやかしだ。俺は、悪魔になど会ってはいない」 「へ……」  フィルは瞬いた。リースの口から聞き出せた、はっきりとした否定。深い安堵が込み上げる。 「俺は願った。冷たい森の中、息も絶え絶えの状態で真っ赤な満月を見上げながら。もう一度おまえに会いたい。おまえとともに、この満ち足りた月が見たい、と――」 「坊ちゃま……」  呟いたフィルを見て、リースは柔らかな笑みを浮かべた。 「だからきっと、これは神から与えられた奇跡だ。本当ならあそこで尽きていたはずの命を、アイルの魂を呼び覚ますことで繋ぎ止めることができた」 「え……?」  不穏なワードに、フィルは眉を寄せる。 「坊ちゃま、それは一体どういう……」 「言葉の通りだ。俺は俺の命を繋ぎ止める代償に、俺の人生の大半をアイルに捧げることにした。だから俺は一日のうち、午前二時から二時半までの三十分間しか自分の体に戻ることができない」 「そんなっ――」  声を上げたフィルを、リースは落ち着いた表情で見返す。一切の冗談を感じさせないその態度に、すっと心が冷たくなった。 「悪いな、フィル。しかし、もとはといえば俺は、崖から転落した時点で死んでいたんだ。一日三十分でも、こうしておまえと話せるだけ感謝しなくてはならない」  諦めの境地のような笑みを向けられて、心臓が変なふうに捻れた。そんなわけないと、そう思う気持ちが強く掻き立てられる。

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