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「……おそらくだが、アイルにはいろんなものを見たり聞いたりした記憶が薄っすらとは存在しても、まだまだそれが知識として身についてはいないんじゃないか。何せアイルは俺と違って、生まれ落ちる直前に亡くなってしまったんだ。自分の意思で話したり、体を動かしたり、そういった実体験が一切ない分、実年齢より少し成長が遅れているのは無理がない話なのかもしれない」
ありえなくはない話だった。
ときに、実践なくして物事を習得するのは困難だ。生まれてこの方一度もその機会を与えられなかったアイルが、そうでない十七歳と比べて言動全般において幼いのは、ある意味当然のことなのかもしれなかった。
「……だからフィル。可能な限り、アイルには優しく接してやってくれないか。アイルは俺の体を奪っただなんて思っていない。そして事実、アイルは俺の望みによって一方的に呼び覚まされただけだ。右も左もわからない状態で突然この世に放り出されて、今日のように、その……みなから一斉に自分の人格を否定されるのは、アイルも辛いと思うんだ」
「坊ちゃま……」
「すぐに受け止められないことは理解している。そもそもおまえは俺の執事であって、アイルの執事ではない。おまえにアイルの面倒を見る謂れはない。だから……」
そこで一度言葉を区切って、リースは続けた。
「だから、これは俺からの頼みだ。フィル――どうか、アイルを大切にしてやってくれ」
語尾に重なるように頭を下げて頼み込まれて、フィルは焦った。
「お、おやめください坊ちゃま! 頭を上げてくださいませ!」
「では、俺の頼みを聞き入れてくれるか」
「それはっ――」
フィルは答えよどむ。ここで肯定すれば、リースが一日三十分しかこの体に戻ってこないという現実を認めることになってしまうのだ。
「フィル……」
囁くような声とともに、ゆっくりとリースが胸元に寄りかかってくる。
「……頼む、この通りだ」
胸に直接訴えかけてくるような言葉と態度に、フィルは息を呑んだ。
リースの声。リースの体温。手放したくない。ずっとそばにいてほしい。どこにも行ってほしくない――
「……坊ちゃまの仰せのままに」
噛み締めるように口にして、フィルはそっとリースの肩を抱きしめた。
青白んだ月の光が、静かにリースの背を照らしている。油断すると溢れ出してしまいそうな涙の粒を、フィルは息を押し殺して耐えた。
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