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もっとも、それがために怪我人であるクラウスを連れていくべきだとは、リースは一言も言っていないのだが。
昨晩、リースからある作戦を請け負ったのだ。夜が明け次第城へと出向き、国王たちに直接『リースが何者かに命を狙われて、王座を引き継げないほどの重症を負ってしまった』と伝えてほしいとのことだった。
何でも事故に遭った日、リースは国王と王配に直接、次期王権を得る後継者としての権利を放棄したいと伝えていたのだが、王配のみがそれに猛反対を示したのだと言う。つまるところあの日、もし仮にリースが事故に遭うことなく帰ってきていたとしても、ともに寝室で満月を見ることはできなかったということだ。
だからこそリースはこの事件を裏手にとって、もう二度と後継者争いに巻き込まれることのないよう、自分の身が物理的に役に立たなくなったと主張する作戦を編み出した。いっても人生の大半はアイルに譲り渡していることから、これはアイルの身を守るための作戦と言っても過言ではない。
「ま、上手くいくといいけどな。リース様を見ていると気の毒でならねえ。どれだけ高潔なエーナであろうと、それを利用しようとする連中に囲まれてるんじゃあ奴隷も同然だ。低俗だろうが生物的価値が低かろうが、大した使命もなく生まれてきた俺らペニンダのほうがよほど生きやすいまである」
失礼極まりない発言に、しかし、すぐには反論できなかった。
リースは奴隷じゃない。生命の源エーナであり、王家の血を引く者。我々ペニンダのような犯罪性もなく、聡明で心優しい。
しかしクラウスの言う通り、そんな持って生まれた資質そっちのけで――あるいはそれをいいことに、都合よくリースを利用しようとする者がいるのも事実だった。
しかし、それはリースの意思とは無関係のものだ。リースは決して人を見下したりはしないが、その中にはエーナとしての凛とした気高さがある。
つまるところ、リースを都合よく利用できると思っている者こそが、身の程知らずの愚か者だということだ。
「……私の使命は、この命に代えてでもリース様を守り通すことです」
フィルは心得ている。自らの使命は、リースを守ることにあるのだと。リースほど価値のあるものを背負って生まれてきてはいなくとも、リースほど価値のある存在のために尽くし、生きられるのなら、それがペニンダのあるべき姿だといえよう。
「……悪かった」
謝罪は漠然としていて、何に対してのものなのか正確にはわかりかねた。
それからしばらく、二人して無言で馬車に揺られ続けた。
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