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顔を上げ、フィルは国王を見た。数秒間じっと押し黙った後、重苦しい動作で顎を引く。
「仰る通りでございます、国王様」
「何? リースはなぜそこまであの館での暮らしにこだわるのだ」
途端に険しくなった王配の表情に、フィルは一瞬、答えよどんだ。黙ってこちらを見つめる国王は、まるで全てを悟っているかのようで落ち着かなかった。
「……今度の事件は、リース様を国王の座につかせたくないと思っている何者かの仕業と見て間違いないでしょう。そのようなことが原因で危うく命を落としかけたという事実に、リース様は深いショックを覚えておいでです。今では人間不信のような状態になってしまわれ、館の者以外とは誰とも顔を合わせたくないと、そう仰られているのです」
「館の者以外とは誰とも? それは実の親である私や、国王陛下にも会いたくないということか」
問い返す王配の声が厳しく、咄嗟には返答が浮かばなかった。張り詰めた空気を見かねてか、ふたたび国王が口を開く。
「よさないか、アルマン。リースが我々を敬遠していたのは、何も今に始まったことではないだろう」
瞬間、王配は物言いたげな表情を浮かべた。きっと否定したかったのだろうが、たとえ王配とあれど、国王の前では言葉を慎まなければならない。
国王はそんな王配を穏やかな眼差しで一瞥して、話を続けた。
「……リースは昔から、地位や権力などというものには少しも興味のない子だった。しかし我々は、四人目にしてようやく授かれたエーナの子という喜びから常々リースの気持ちを無視して、次期国王の座を継ぐ者としての圧力を加え続けていた。……ときには瞳の色を隠すため、リースが他人と接触する機会を奪い、遠く離れた館にまで追いやった」
「……」
「にも、かかわらずだ。あろうことかリースは、我々に対しきっぱりと後継者としての権利を放棄すると伝えにきたその日に、王権争いのしがらみによって命を落としかけたのだ。……リースが帰ってきたくないと思うのは、至って当然の心理だろう」
「国王様……」
深い理解を示してくれた国王に、フィルは感激した。思えば城から館に移る際、どうしてもペニンダであるフィルを専属執事として任命したいと訴えるリースに、反対する周りの者を宥めて許可を下してくれたのも国王だった。
「フィル、私はおまえのことを信頼しているぞ。どうか、リースのことをよろしく頼んだ」
これが結論だと、暗に言い渡してくれた国王にフィルは心の底から感謝した。
「……光栄でございます。しかと、胸に刻んで参ります」
満月の夜には叶わなかった、二人の約束。
地位や権力とは無縁の人里離れた館で、平穏に生きていきたいという慎ましやかな願い。
あまりにも大きすぎる代償を以てようやく手にすることができたそれに、フィルは胸の奥が熱くなるのを感じた。
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