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「それじゃあフィル。とりあえず、作戦は上手くいったということだな?」  帰宅の時間に合わせて用意されていた食事を揃って食べ始めるなり、改めての確認をウォーレンが取ってきた。  シナモンとオレンジの香りが漂うチキンカレーへと伸ばしかけていた手を止めて、フィルは斜め前の席へと視線を向ける。 「ええ、一応はそう思っていただいてよろしいのかと。リース様を頼むというお言葉をいただけたので……」 「俗に言う、鶴の一声ってやつだな。王配様に関してはまだ言いたいことがありそうな雰囲気だったが、国王様がああ言うんじゃ、さすがにもう干渉はしてこないだろう」  補足したクラウスに、フィルも頷いた。  王配はかねてより意志の固い人ではあるが、いざというときには必ず国王の意見を尊重する。だからこそ、これまで一向にリースが後継者争いから免れられなかったのには、少なからずリースに国王の座を引き継いでほしいと思っている国王の意思が関与していたのだろうが、今日の口ぶりを見るに、国王はもう心からリースの安泰を願っている様子だった。 「……なるほど。それでは遂に、リース様は後継者争いから退くことができたというわけだな」  告げたウォーレンに、「ええ」とフィルは頷く。今この場にいないリースの存在を思って、みながしんと静まり返った。  直後、ガチャンという金属音が耳をついて、フィルははっと目を見開く。 「わー! 落ちちゃったよー!」  正面へと目を向けると、口角にべっとりとカレーをつけたアイルが、床へとスプーンを落として慌てていた。  前日のぶどうの例を思い出し、フィルは即座に席を立つ。 「アイル様、座ってお待ちくださいませ。私が新しいスプーンをご用意いたします」  腰を屈めて手を伸ばすアイルを制して、半ば強引に落ちたスプーンを奪い取った。俺が行くよと立ち上がりかけたシモンに断りを入れて、厨房から新しいスプーンを取ってくる。 「どうぞ、アイル様。お気をつけてお召し上がりください」 「ありがとー!」  無邪気な返事に、フィルは苦笑する。静まり返っていた食事の場が、少しばかり和んだのがわかった。  またわずかにピリついた空気が流れたのは、食事を終え、フィルとクラウスが抑制剤を服用しているときだった。 「ねえねえ、フィルはどうして怪我をしてないのにお薬を飲むの? どこかお病気なの?」  純朴な目をして尋ねてきたアイルに、口へと抑制剤を運びかけていた手が止まる。 「いえ、病気というわけでは……」  参った。リースなら理解してくれていたことも、改めてアイルに説明しなければならないとなると難しい。下手に本当のことを話すと警戒されるのではないかと、フィルは口ごもった。  ふと、横で話を聞いていたウォーレンが口を挟む。 「アイル様。あれは抑制剤といって、去勢していないペニンダであれば、みな等しく服用しなければならない薬なのですよ。ですからクラウスもフィルも、決して病気というわけではございません」 「よくせーざい? ねえウォーレン、きょせいってなあに?」  きょとんとした顔で問い返すアイルに、フィルはドキリとした。息を呑んで固まるフィルとは裏腹に、クラウスは横目で話を追いつつとっとと抑制剤を飲んでしまう。  ――まずい、このままではアイル様に警戒されてしまう……。

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