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 その夜、フィルはアイルとともに薄明るいリースの寝室にいた。 「ねえフィル。僕が眠るまで、ちゃんとそばにいてくれる?」  ベッド際の椅子に腰掛けるフィルへと、布団に包まったアイルが上目遣いに尋ねてくる。 「ええ、もちろんですアイル様。ですからアイル様は安心してお眠りください」  穏やかに肯定すると、アイルは安心したように表情を和らげた。  何でも昨晩、アイルは一人で眠りに就くのがずいぶんと心細かったそうなのだ。今日は眠るまでそばにいてほしいと、リースにそっくりの顔でぽそぽそと訴えられた日には断る余地などなかった。 「ねえねえ、フィル。フィルはお薬を飲まないと、ほんとに狼さんになっちゃうの?」  ふと尋ねられて、フィルは瞬いた。どうやら、夕食時にクラウスがついた嘘を真に受けているようだ。 「いえ、アイル様。あれはいわゆる、比喩的なものでして……」 「ひゆ?」  問い返されて、墓穴を掘ったと自覚した。あれが比喩なら、実際に自分はケダモノのような性質を持っていると自白しているようなものである。 「……すみません、アイル様。つまり、あれは単なるクラウスの冗談ということです。私は狼になどなりませんので、どうかご安心を」  事実として人間が狼になるわけはないのだから、嘘にはならないだろう。内心ひやひやとした気持ちで、フィルは言い訳をする。 「なぁんだ。それじゃあ、クラウスの冗談だったんだ。僕、フィルが狼さんになったところ見てみたかったのになあ」 「っ、それはなりませんっ!」  咄嗟に、フィルは声を上げて否定した。 「……へ?」  ぱちぱちと、驚いたようにアイルが目を瞬く。しまったと思いつつも、フィルは再度、静かにそれを否定した。 「……それはなりません、アイル様。狼とは非常に危険な生き物でございます。今後、間違ってもペニンダに対しそのような発言はお控えください」  まるで、自分で自分を警戒しろと言っているようなもので心苦しかったが、アイルの無知にはきちんと釘を差しておく必要があると思った。狼になったところを見てみたいだなんて、聞くやつが聞くやつなら勘違いして変な気を起こしかねない。  何より、このやりとりをリースに見られているのだと思うと気が気でなかった。 「……でも、フィルは狼さんにはならないんでしょ? だったらそんなに怒らなくてもいいじゃん。フィルの意地悪」 「そんな……っ」  リースそっくりの顔をして、なんて辛辣なことを言うのだ。フィルは目を見開いて絶句した。 「あーあ……。僕、やっぱりクラウスと一緒におねんねしたかったな。……クラウスはフィルやウォーレンみたいに僕のこと叱ったりしないもん」 「アイル様っ」  あんまりにもあんまりな言いようだった。確かにクラウスは子どもをあやすのが上手いらしいが、フィルやウォーレンだって、アイルが間違った知識を身に着けないよう必死に教育しているのだ。

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