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「……もういい。僕寝るもん」
ごろんと寝返りを打って、アイルが背を向ける。その背中がどこか寂しげで、フィルはしばし押し黙った。
「……申し訳ございませんでした、アイル様。私の言い方に問題があったようです」
謝罪すると、アイルの肩がぴくりと揺れる。
「私はアイル様のことをとても大切に思っています。ですからどうか……私のことを嫌いにならないでください」
続けて口にした情けない言葉に、アイルがもぞもぞとこちらを振り返った。
「……僕、フィルのこと嫌いじゃないもん。ウォーレンやシモン、フランツのことだって嫌いじゃないもん。……でもみんな、僕のことを見て困ったみたいな顔するもんっ。僕はみんなのこと嫌いじゃないのに、みんなが僕のこと好きじゃないって顔するんだもん……っ」
「アイル様……」
そのとき、フィルは昨晩のリースの言葉を思い出した。
(右も左もわからない状態で突然この世に放り出されて、今日のように、その……みなから一斉に自分の人格を否定されるのは、アイルも辛いと思うんだ)
事実、フィルはアイルの人格を否定しようだなんて思ってはいない。館の使用人にもそういう言動は慎むよう伝えてあるし、みなそれなりにアイルに気を遣っている。
しかし、この『気を遣っている』という現状を、アイルは敏感に感じ取っていたのだろう。だからこそアイルは、唯一あっけらかんとした態度で接してくれるクラウスにだけ懐いていたのだ。
「……アイル様」
呟いて、フィルはアイルの額に触れた。
「悲しい思いをさせてしまい、誠に申し訳ございませんでした。……しかし私たち館の者は、みな本心からアイル様を大切に思っております。この気持ちに嘘偽りはございません」
「……」
アイルは涙の滲んだ目で、じっとこちらを見つめる。まだわずか疑いが消え切らぬその瞳に、フィルはそっと手のひらを滑らせてアイルの頭を撫でた。
「アイル様。寂しくなったときは、いつでもそうおっしゃってくださいませ。私が必ず、そばで慰めて差し上げます」
もちろん、フィルだってまだ困惑が消え切ったわけではない。悪魔との契りにしろ奇跡にしろ、こうも非現実的に蘇ったアイルの魂に動揺する気持ちは大いに残っている。
……しかし、アイルはリースの大切な弟だ。リースにとって大切な人は、フィルにとっても同様に大切な人である。このようにアイルを泣かせているのでは、リースに合わせる顔がない。
「……フィルの手、あったかくて気持ちいい」
ふっと目を閉じて呟かれた言葉に、ドキリと心臓が脈打った。……瞳の色さえ見えていなければ、アイルの声も、顔も、リースそのものなのである。
「ありがとうフィル。おやすみ」
「……おやすみなさい、アイル様」
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