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 フィルに犯罪願望はない。しかし、それとうちに秘められた性質とは話が別だ。自らを過信して、何か起こってからでは遅いのだ。  この国では、他人の人権を著しく脅かす真似をした人間は、躊躇なく死刑を課せられる。他人の人権を尊重しない人間の人権を尊重する道理などまずなければ、罪を犯した人間を牢にぶち込み、国民が真っ当に働いて納めた税金でタダ飯を食わせてやる道理もないという考えからだ。どころか警察の世話になる人間のほとんどがペニンダであることから、未去勢のペニンダに限り、その警備代として割合多めに税金を納めなければならない決まりになっている。  少しも不満がないと言えば、嘘になる。しかし、それほどまでにペニンダの犯罪率の高さは異常なのだ。国民のたった一割しか存在しない種にもかかわらず、性犯罪に至ってはほぼ百パーセントの割合でペニンダが加害者だというのだから恐ろしい。そうなるとむしろ、被害者になるばかりのエーナやディオから同じだけの税金を徴収するほうが不公平という話になってくる。  さておきフィルは、何も刑が重いから罪を犯さないわけではない。法律で強制されているから抑制剤を飲むわけでもない。一度罪を犯してしまえば、もう取り返しはつかないのだ。たとえ犯人が死刑になったとしても、そう単純に被害者が報われるわけではない。  死んでも償いきれない罪を犯しかねない危険性を秘めたこの体が、フィルは心底恐ろしかった。抑制剤という手段がないのであれば、自らの男根を切り落としでもしない限り安心してリースのそばでは仕えられない。 「それだけの覚悟があるのなら、おまえがペニンダであることを恥じる必要は一切ない。何より俺は、この世界で誰よりもおまえを信頼している」 「坊ちゃま……」  ……そうだ。フィルはこのピーチップ王国第四王子、リース・ローズドベリーに認められ、執事として仕える身なのだ。ペニンダとして生を受け、これほどまでに光栄なことはない。  自分で自分を卑下することは、そんな自分を選び、そばに置くという選択をしてくれたリースに対する裏切りも同然だ。だからこそフィルは、リースの執事として恥じぬよう、人として真っ当な生き方を貫かなければならない。 「ありがたきお言葉にございます、坊ちゃま。坊ちゃまの執事として恥じぬよう、これからも誠心誠意努めてまいります」  そうこう話しているうちに、時計の分針が右斜め下を指していた。もう時期、またリースがいなくなってしまう。

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