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「坊ちゃま。もしよろしければですが、明日あたり夜会を催して、館の者たちとご対面していただくことは可能でしょうか。みな坊ちゃまのことを心配しており、ぜひとも会って話がしたいと申しております」
「ああ、そうだな。俺もそうするべきだと考えていたあたりだ。遅い時間で申し訳ないが、それでは明日、みなと集って話をしよう」
たったの三十分。本音をいうと、誰にも邪魔されずリースと二人きりで過ごしたい。とはいえ、せっかくリースが生きているというのに、一度も館の者と顔を合わせないなんてのは不自然だ。現時点で誰もフィルのことを疑ったりはしていないが、二時から二時半の間、リースが本当に覚醒しているのだという真実を、みなにもきちんと知ってもらいたい。
「フィル、悪いがそろそろ時間のようだ。一つだけ、頼みごとをしてもいいか?」
「……何でしょう」
「俺を、抱きしめていてほしい」
「え?」
思いがけず、フィルは瞬いた。
「ああ、いやその……変な意味では、なくてだな……。入れ替わった直後、そのままベッドに倒れ込むと、アイルが起きてしまうかもしれないだろう。だから、その……」
「わかりました」
頬を赤らめて説明するリースを遮って、フィルはその体を抱きしめた。
「坊ちゃま……」
「ん、フィル……」
一秒一秒、リースとの別れの時を刻む秒針の音が怖い。あと一分もすれば、リースがリースでなくなるなんて信じられない。
「……坊ちゃま」
「何だ」
「坊ちゃま」
「……聞いている」
「坊ちゃま……っ」
堪らずぎゅっと肩に瞼を押し当てると、優しい手つきで頭を撫でられた。
「泣くなフィル。また会えるだろう」
確かにその通りだ。でもその『また』にしろ、二十三時間三十分後の、たったの三十分でしかない。明日の今頃、フィルはまた、こんな引き裂かれるような胸の痛みを感じなくてはならない。
「坊ちゃまっ。坊ちゃま……っ」
「悪いな、フィル……。もう、時間みたいだ。アイルのことを、よろしく頼んだぞ……」
消え入るような声とともに、抱きしめた体からぐったりと力が抜けるのがわかった。時計の分針は、まっすぐと下を向いている。
「っ、坊ちゃま……っ」
二度目の再開と別れは、なぜだか一度目のとき以上に深い喪失感をフィルの心に植え付けた。
五分近くずっと腕の中の体を抱きしめ続けたあと、フィルはようやく、そっとアイルをベッドへと横たえる。
「……おやすみなさい、坊ちゃま」
首元までしっかりと布団を被せてから、掠れた声で囁いた。
窓から覗く月が、昨夜よりほんの少し欠けていた。
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