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「ねえねえフィル。僕、お久しぶりにリースお兄ちゃんに会いたいな。リースお兄ちゃんは今、どこにいるんだろう? ラサニエルお兄ちゃんたちと一緒にお城に住んでるのかな……」
「そ、それは……」
アイルは未だに、自分の魂がリースの肉体に宿っているという事実に気がついていない。アイルの魂が蘇った直後、それらしいことをウォーレンが口にしてしまってはいたものの、当時はアイル自身混乱していたこともあってよく理解はできていないようだった。
当のリースがアイルを追い詰めないでやってくれと言っていることから、あれ以降、アイルの前で魂が入れ替わった云々の話は一切していない。長い眠りから目覚めて以降一度も対面していない双子の兄、リースの存在についてアイルが思考を巡らせるのは、いわば当然の話だった。
「アイル様の仰る通り、リース様は現在、お城で平和に暮らしておられます。しかし、ここのところはいろいろと忙しいようですので、直接お会いするというのは難しいかもしれませんね。――何か伝えたいことがあるのでしたら、お便りをお書きになってはいかがです? そのためにはしっかりと私の授業を受けて、文字を書く練習をしなければなりませんが」
さすがは家庭教師。割って入ったウォーレンが、上手い具合にリースを教育する方向に話を持っていく。
「えー! そんなの時間がかかっちゃうからやだよー! じゃあ、僕が書いてほしいことを伝えるから、ウォーレンが代わりに文字にしてくれる?」
「なりませんアイル様。自分でできることは自分でなさってください。人に頼っているうちはいつまでも成長できませんよ」
「ぶー! ウォーレンのけちんぽ! いいもん、そしたらフィルにお願いするもん。ね、フィル! フィルは書いてくれるよね!」
――け、ちんぽ……?
はっとして、フィルはもごもごと答えよどんだ。
「ああ、いえ、それは……」
「えー! フィルも僕に意地悪言うのー⁉ もういいもん! クラウスなら絶対に書いてくれるもんね!」
「アイル様、それは……っ」
またしてもクラウスに好感度を持っていかれかねない流れに、フィルは焦って目を見開いた。ウォーレンはウォーレンで、邪魔だてするなよという圧のある瞳でクラウスを睨んでいる。
肩を竦めて、クラウスが口を開いた。
「悪いなアイル様。見ての通り、俺の右腕は今使いもんになんねえ。俺の怪我が治るのを待つより、自分で文字を習得するほうが早いんじゃねえか」
ひょんと腕の包帯をアピールしてみせたクラウスに、アイルは「むぅ……」と唇の先を尖らせた。
「だったらシモンかフランツが――」
「諦めてくださいアイル様。シモンは料理人、フランツは馬丁のため、代筆業務は管轄外です。一方私は家庭教師ですので、アイル様が筆記能力を身に着けたいと仰るのであれば喜んでご指導させていただきますよ。……さて、どうなさいますか? 勉強が嫌なのであれば、リース様へのお便りは諦めなければなりませんね」
「もー! ウォーレンのけちんぽちんぽ!」
「読み書きの他に、食事中のマナーも身に着けなければなりませんね。一緒に頑張りましょう」
アイルの癇癪を、ウォーレンはなんてことないといった態度で受け流す。しかしその態度に以前のような冷たさはなく、むしろアイルを一人前に教育してやろうという優しさが感じられた。
そうして少しずつ館の者がアイルを受け入れる姿勢を見せ初めてくれていることに安心する一方で、薄れていくリースとの日々を思うとどうしようもなく切なさが込み上げる。しかし昨晩の寝る前の会話からして、アイルは意外と、そういった複雑な内情も敏感に感じ取っているようだった。
アイルの前では、努めて毅然と振る舞っていなければならない。アイルを悲しませることは、リースを悲しませることと同じなのだ。
誰にも悟られないよう小さく息を吐き、フィルは心を落ちつけた。どれだけ辛くとも頑張ろうと思えるのは、あと十八時間ほど先の深夜二時にまたリースと会って話せるからだった。
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