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「……っ」
思い当たる節があるとすれば、ここのところ色々と大変なこと続きだったせいで、ろくにマスターベーションができていなかったことくらいだ。とはいえ抑制剤さえきちんと服用していれば、たかだか一週間近く抜いていないからといって、このような状態になるはずがないのだが――
「う……っ」
息を詰めて、フィルはベッドに蹲った。ぎゅっと胸元を握りしめ、必死に呼吸を整える。
「はぁ……はぁ……」
抑制剤を多めに摂取したからといって、効果が倍増するわけではない。きちんと飲んだという自覚がある以上、追加で服用するのは体に負荷をかけるだけだ。
――落ち着け……じっとしていれば治まるはず……。
一度刺激を加えれば、きっとまた歯止めが効かなくなってしまう。二十六歳にもなって、十歳の頃と同じ惨めな気持ちは味わいたくない……
しかし、それからおよそ二時間が経過した深夜一時過ぎ。フィルはとうとう夜会への参加を断念した。ひたすらベッドに蹲り、体が落ち着くのを待ったのだが、一向に熱が引く気配がなかったのだ。
もしや、風邪を引いたという可能性もなくはない。厨房に保管されている薬を貰いにいくついでに、夜会不参加の旨をシモンに言付けようと、フィルはよろよろとベッドから身を起こした。
寄りかかるようにして扉を開いた直後、すぐそばでウォーレンの張り詰めた声が耳をつく。
「何っ⁉ 抑制剤が捨てられていただと⁉」
飛び込んできた不穏なワードに、フィルははっと目を見開いた。
夜会の準備をしていたのだろう、コック帽子を被ったシモンが慌てた様子で言う。
「見た感じ、一つや二つじゃなさそうで……。しかも、寄りに寄って厨房の生ゴミ入れなんだよっ」
「生ゴミ⁉」
声を上げたウォーレンと揃って、フィルは絶句した。
――そんな馬鹿な……薬は確かに瓶の中に……っ。
直後、フィルははっとして部屋に引き返した。慌てて机へと駆け寄り、手に持った瓶の蓋を開ける。鼻孔を擽るほんのりと甘い香りに眉が寄った。
――まさか……。
恐る恐る、手に取った一錠を口に入れてみる。カリッと歯で噛み砕いた途端、味覚を刺激したのは甘いラムネ菓子の味だった。
「っ……!」
瓶を片手に部屋を出て、フィルはウォーレンたちへと声をかける。
「中身が掏り替わっています! 私が今晩飲んだのは、ラムネだったのです!」
「何⁉」
驚いた顔をして、ウォーレンが振り向いた。
「じゃあまさか、クラウスのやつも……っ。あいつ、さっき包帯を換えてやったとき、熱があるかもしれないと訴えて……っ」
「ええっ」
困惑したような声を、シモンが溢す。
間違いない。きっとクラウスの抑制剤も掏り替わっていたのだ。
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