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「で、でも、一体誰が何のために……っ。この館にそんな悪さをするような人間はっ――」  言いかけて、シモンがはっと言葉を止めた。  数秒の後、ウォーレンがおずおずと口を開く。 「……アイル様、か……?」  口にされた名に、しんとした空気が広がった。  夕食時、やけにまじまじと薬を飲む姿を観察されていたことを思い出して合点が行く。 「……恐らく、間違いないでしょう。昨日からずいぶんと抑制剤に興味を持たれていましたので……」 「そんな……っ。でもあのとき、抑制剤の重要性はウォーレンがしっかり説明して……っ」  ありえないといった様子のシモンへと、フィルは静かに首を横に振った。 「恐らく、悪気はなかったのでしょう。……それよりシモン。調理中のところ申し訳ないのですが、厨房に入らせていただいても?」 「え……そ、それは、構わないけど……」  では、とフィルは体の向きを変える。一歩踏み出したところを、背後からウォーレンに呼び止められた。 「おいフィル。おまえまさか、ゴミ箱に捨てられた抑制剤を飲むつもりじゃないだろうな」 「ご心配なく。ゆすげば何とかなりますので」  淡々と返して、フィルは厨房へと向かって足を進める。 「なっ――」 「だ、だめだってフィル! 俺、気づかず上からゴミ捨てちゃったし! もともと入ってたゴミだってあるし……っ!」  焦って後を追ってくるシモンの言い分に、耳を傾けている余裕はなかった。 「構いません。今はそれどころではありませんので」  厨房に着くなり、フィルは一直線にゴミ箱のそばへと歩み寄って、中を確認する。卵の殻やら野菜の皮やらに紛れて、馴染みのある錠剤がいくつも転がっていた。  数秒じっと押し黙った後、フィルはゴミ箱へと向かって手を伸ばす。 「っ、正気になれ、馬鹿っ! 一日くらい、部屋にこもっていれば済む話だろう!」  横合いからウォーレンに怒鳴られ、ぴくりと指先が震えた。 「……ええ。ですから、クラウスにはそのようにお伝えください。くれぐれもリース坊ちゃまには近づかれないように、と」  言って、フィルはゴミ箱へと手を突っ込んだ。 「お、まえっ――」  ウォーレンの声に、いつにない苛立ちが滲む。 「クラウスがリース様を襲うって言いたいのか!」  問い質され、フィルは押し黙った。ややあって、目を合わすことなく返答する。 「……ありえないことではないでしょう。我々ペニンダなら」 「っ――」  一粒の抑制剤を手に、フィルは流し台へと向かう。生ゴミでドロドロになったほうの手とは反対の手を使い、水栓を捻った。  流水の音に紛れ、ウォーレンが低い声を発する。 「……じゃあ、おまえはどうなんだフィル。俺やシモンだって立派なエーナだ。フランツはディオだが、そんなのは関係ないな。おまえら下劣で低俗なペニンダは、穴さえあれば誰彼構わず欲情して襲いかかると、おまえはそう言いたいんだな」

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