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 抑制剤すり替え事件の犯人は、予測した通りアイルだった。翌日、厳しい剣幕のウォーレンに問い質され、泣きながらそれを自白していた。  本人曰く、色も形も同じなら美味しいほうがいいだろうと思ったらしい。悪気どころか親切心による所業だったとなればフィルは怒るにも怒れず、その分も含めて、ウォーレンがきつくお説教をしてくれた。  しかし、何よりもフィルが気にしていたのは、あの発情時の自分とリースが接触したときのことを、アイルが記憶していないかということだった。恐る恐るその日の夢について確認してみたところ、どうやらアイルは、フィルとクラウスが狼になって代わる代わる背中に乗せてくれる夢を見ていたらしい。  片や高熱に魘され、ペニスを切り落としたいほどの苦痛に苛まれていたというのに呑気なものだ。何にせよ、あのようなみっともない姿を知られずに済んだのは不幸中の幸いだった。  夜会は延期となり、翌日の夜に行われた。シモンは前日の夜に伝言を伝えに行った際に確認して知っていたが、その他メンバーに関しては、数日振りに再開する赤い瞳のリースを見て激しく歓喜していた。  正直、フィルは前夜の出来事が気がかりで、あれを期にリースとぎこちない関係になってしまうのではないかと危惧していたのだが、幸いそのようなことは起こらなかった。  夜会開催時から一週間以上が経つ現在に至るまで、リースは一度もあの夜については触れてこない。下手に話題に出せば墓穴を掘ってアイルに聞かれてしまうかもしれないし、きっとこのまま全てなかったことにしようとしているのだろう。  ありがたいことこの上ない。しかし同時に、今のリースの態度は、もう金輪際フィルを性的対象として見ないという固い意志をも示しているようで、言葉にはできない虚しさも感じていた。  ペニンダでありながらエーナに恋慕を抱くという愚かさを、今になって突きつけられた気分だった。 「ねえねえフィルー! 見て見てー!」  窓際の机に向かって熱心に字の練習をしていたアイルが、何やら嬉々として歩み寄ってくる。 「どうなさいましたか、アイル様。綺麗に字がかけるようになりましたか」  どれ、と突きつけられた紙を見てみると、そこには文字は愚か、幼児の落書きのような絵が描かれていた。 「ア、アイル様、これは……」 「これは、僕と狼さんになったフィルだよ! ね、すごいでしょ!」  キラキラと瞳を輝かせながら力説されて、フィルはぐぐぐと眉を寄せる。  ――と、いうことは、この四つん這いになってアイル様を背中に乗せているのが私……?  これまたずいぶんとメルヘンチックな妄想だ。実際に狼と化したフィルが、いかに見苦しく性欲に翻弄されるのかも知らないで。  横で読書していたウォーレンが、ぱたんと本を閉じて立ち上がる。 「アイル様。今は勉強の時間だったはずですよ。少し目を離すなりすぐそうやって他所事ばかりして……。そんなのではいつまで経ってもリース様にお手紙など出せませんよ」 「ふーんだ! いいもん! だったら僕、この絵をリースお兄ちゃんにプレゼントするもん! ね、フィル、いいでしょ?」  にっこりと笑っての提案に、フィルはうっと答えよどむ。 「そ、それはちょっと……」  あの夜のことを連想させるようなことは、できる限り避けてほしかった。

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